第65話 次なる設計
研究室・深雪の端末前
臨床が終わり、拘束台は無人となった。 白光に照らされた室内に、深雪の端末操作の音だけが響いていた。
画面には、閾値突破の瞬間を示すスパイク。 篠原の心拍、導電値、呼吸数――どれもが明確に「境界を超えた」ことを示している。
深雪は小さく息を吐き、淡々と記録をまとめていく。 「……一度きりの反応。だが偶発ではない。再現性の検証が必要」
指先が一瞬止まり、データを切り替える。 そこには「強制的外乱(毒刺激)」の項目が空欄のまま残っていた。
「毒を使えば、閾値突破はもっと早かったでしょう」 独白は冷ややかだった。 「ですが――それでは“誤差”との区別がつかない。 自然な閾値到達でこそ、臨床としての意味を持つ」
深雪は静かに端末を閉じた。 「委員長の仮面を被ったまま突破に至った……その事実こそ、次の土台になる」
深雪は端末に残された波形を指先でなぞり、思考を巡らせた。 「……閾値突破を一度経験した被験者は、心理的抵抗が増す。 だが同時に、再現性の検証からは逃れられない立場にある」
篠原――委員長という肩書きは、自らの口で“確認に来た”と宣言した。 その瞬間から、彼女は制度の盾ではなく、研究を保証するための“証人”であり“被験者”でもある。
深雪はメモを打ち込みながら淡々と整理する。
過負荷は避ける → 意識喪失は次回以降の継続に支障。
刺激は段階的に → 閾値直前の揺らぎを長く引き延ばす。
恥辱要素は最小限で十分 → 委員長の立場が自動的に心理圧をかける。
「……潰してしまっては、臨床は続けられない。 保たせたまま、崩れを繰り返し観察することに価値がある」
端末のカーソルが淡く点滅し、深雪は一行を書き加えた。 『篠原美沙子――被験対象としての継続確保可能。次回、閾値前後の再現試験を計画』
深雪はロッカーから新しいカプセルケースを取り出した。 銀色の中に収められていたのは、従来の細い電極ではなく―― 膣壁を広く接触させるように設計された拡張型センサーだった。
導電面は複数に分かれ、局所的な電流操作が可能。 特に膣前壁――いわゆるGスポット領域を正確に捉える配置になっている。
「……誤差の減少、再現性の担保」 淡々と呟きながら、深雪は端末に次回の条件を打ち込む。
『電極:拡張型多点センサー 目的:閾値前後の再現試験』
冷徹な文字列が、篠原の弱点を突く計画に変わっていく。
「委員長として“誤差確認”を求めた以上―― その身は、研究を保証する証明そのものになる」
深雪の視線は揺らがない。 次なる臨床で、制度の盾は再び台に乗り、 Gスポットを直撃する電極に支配される未来が、静かに確定していた。




