第63話 閾値突破の瞬間
波形の山が限界へと迫っていた。 心拍は赤く跳ね上がり、呼吸数は乱れ、骨盤帯のラインは急峻なカーブを描く。 膣内の導電度が閾値を示す赤線に近づいたその瞬間――
「……っあ――!」
篠原の身体が大きく反り、拘束具に締めつけられた腕がわずかに震える。 胸の電極が硬直した乳頭の反応を拾い、画面には閾値を超えるスパイクが鮮烈に刻まれた。
「……閾値、突破。確認しました」
深雪は平板な声で告げる。感情の色を欠いたその言葉が、篠原の耳に突き刺さった。
「……っ、ちが……これは……っ」 必死に声を絞り出すが、荒れ狂う心拍と導電値の波形が否定を裏切る。
委員長の仮面をまとおうとする意志とは裏腹に、 拘束台に横たわるのは「被験者」としての肉体――科学が刻んだ真実そのものだった。
閾値を越えた波形はなおも揺らぎを刻み、心拍は乱れたまま跳ねていた。 篠原は荒い呼吸を押し殺し、震える声で呟く。
「……い、今のは……偶発的な……誤差……」
唇に必死の否定を乗せた。だがモニターには明確なスパイクが残り、 それを「誤差」と呼ぶ余地はすでに消えていた。
深雪は端末から目を離さず、無機質な声を重ねる。 「閾値突破は一度だけでは臨床データとして不十分です。 再現性の確認が必要です」
「……っ!」
篠原の瞳が大きく揺れた。羞恥と恐怖が混じり、思わず顔を背ける。 (もう一度……台に……? そんな……)
だが委員長の立場が、その拒絶を許さなかった。 自らの言葉で「誤差確認」を掲げ、ここに臨んだのは他ならぬ自分――。
篠原は震える喉を押さえ込むように、かすかに頷いた。 「……委員長として、否定は……できません」
外面は理性を保つ言葉。 だがその胸の奥で、心臓はなおも被験者としてのリズムを刻み続けていた。
深雪は端末に指を走らせ、刺激を段階的に落としていった。 乳頭にかかる電極の痺れが和らぎ、膣内の電流も静かに沈静していく。
「……刺激停止。計測終了です」
冷たい声が響いた瞬間、篠原の全身から力が抜けた。 拘束具に縁取られた身体は大きく上下し、荒い呼吸がなおも止まらない。
「……はぁ……っ、はぁ……っ……」 額には汗が滴り、鎖骨を伝ってシーツに染みを作った。
深雪は表情を動かさず、端末に記録を打ち込む。 「閾値突破、確認。再現性の検証は次回以降に回します」
篠原の目がかすかに見開かれた。 「……つ、次回……」 震える声で繰り返す。
しかしすぐに唇を噛み、委員長としての仮面を取り戻すように顔を背けた。 「……そ、そうですね。……必要なら……」
外面は冷静を装った言葉。 だが波形の記録に残されたスパイクは、その仮面をあざ笑うように赤く刻まれていた。
拘束台に残されたのは、制度の盾ではなく―― 閾値を超えた被験者としての篠原の姿だった。




