第52話 補足症例の誘い
端末の画面が暗転し、研究室は白光だけに包まれていた。 沈黙を切らぬまま、深雪はカップに手を添えただけで篠原を待つ。
篠原は膝を揃えて座っていたが、スカートの布地の下で豊かな胸郭がわずかに上下しているのが目に入る。 (……緊張時の呼吸パターン。だが、この胸部の振幅は“女性としての特性”が強く現れている)
研究者の目は痕跡も見逃さない。ジャケットの襟元から覗く淡い赤み、膝下のスカートの縁からかすかに覗く圧痕。 (……昨夜の刺激が、まだ完全には消えていない)
「委員長。補足症例として、ご自身の数値を加えれば、誤作動か否かを明確にできます。制度の裏付けにもなる」
声色は淡々としているが、その視線は篠原を逃さなかった。
篠原は視線を落とし、胸元に手を添える。ジャケットの下で膨らむ豊満な曲線が、かすかに上下を強調する。 (……委員長としては拒むべき。だが研究者としては――確かめたい)
センサーを押し当てられた部位の記憶が疼き、鏡で隠したはずの痕跡が理性を掻き乱す。
グラスを持ち上げたが、水面は震える手で波紋を作った。
「……補足症例。たしかに、検討する価値はあるかもしれません。ただ――すぐに、というわけには」 篠原は視線を逸らし、言葉を選んだ。 「……日を改めて、調整のうえで。委員長として責任をもって対応します」
短い沈黙のあと、深雪は頷いた。 「承知しました。日時は追ってご指定ください」
ただしその声音には、決定事項を確認したかのような揺るぎがあった。
篠原は胸の奥に刺さるようなざわめきを抱えたまま立ち上がった。 (……拒んだつもりなのに、説得の形にしか聞こえなかった)
研究室を出る扉の金属の冷たさが、震える指に鮮やかに残った。




