第47話 毒型の兆し
培養室
報告書の草案を閉じ、深雪は長く息を吐いた。 (……篠原を動かす土台は整った。委員長という肩書きが、今度は“口実”になる)
白衣の裾を直し、廊下の突き当たり――培養室の扉に手をかける。 冷えた金属の感触が掌を刺すと、深雪はわずかに口元を歪めた。
「……次の準備を、進めておく必要がある」
扉を押し開けた瞬間、冷却装置の唸りと消毒液の匂いが押し寄せた。 槽の中では、針状の突起を備えた粘膜が「チリ、チリ」と微細に震え、濁った液を滴らせている。 薄い膜状の突起が互いに触れ合うたび、電気的な放電音のようなノイズが空気を震わせ、ガラス壁に小さな水滴を散らした。
深雪は採取器具を手に取り、慎重に作業を始める。個体は三つ。 表面から滲み出す液を一滴ずつ管に収める。色も粘度もわずかに異なり、それぞれが蛍光灯の下で不気味に揺らめいた。
「……まずは確保。次は分析」
分析室
冷却室の静寂を破るように、分光計の光が走り、モニターに成分のピークが刻まれていく。 深雪は画面を食い入るように見つめ、即座に記録を打ち込んだ。
試料A:カリウムイオンの異常な偏在。筋収縮を過剰に促進 → 局所的な痙攣を引き起こす可能性。
試料B:微量ながら神経伝達を阻害するペプチド片。動作を鈍らせ、知覚を遅延させる作用。
試料C:未知の低分子化合物。血清タンパクに結合し、体内に長時間残留する性質。
「……やはり、人間組織由来。無害では済まされない」
深雪の指は止まらない。 (Aは痙攣誘発、Bは抑制、Cは持続。……もし組み合わせれば、局所麻痺から長時間の拘束まで自在に制御できる)
画面に映る異様な山の群れは、ただの数値ではなかった。 深雪にはそれが、人間の身体を 「快楽の器」 へと調整するための成分リストに見えていた。
彼女の視線がふと篠原の名に移る。 (――すでに揺らいでいる委員長の体に、もしこれを重ねたら……制度の盾は二度と元には戻らない)
「……次の臨床に間に合わせる」
保存ボタンが押され、ファイル名が刻まれた。 《毒型触手・第一次分析》――。




