第2話 観察記録
深雪はカンファレンスを終え、個室に戻る。
紙コップのコーヒーをひと口。苦味が喉を落ちるより早く、内線が鳴った。
「……また、あの人か」
主任医師――久慈真理子(三十六歳)。
純日本風の顔立ちに、鋭い切れ長の目。
学生時代は陸上をやっていたらしく、その影は今も所作の端々に残っている。
院内では、私と彼女を「奇跡のツートップ」と呼ぶ者もいる。
対照的でありながら並び立つ姿が、そう見えるのだろう。
けれど、互いの内心はまったく異なる。
あの人は、私をよく使う。嫉妬も苛立ちも隠さないくせに、表向きは協力的だ。
私が昇進の話を断り、椅子を譲ったことを、彼女は知っている。
メスを握って研究に没頭できればそれで良い。
地位なんて、研究の妨げにしかならないのだから。
だから彼女も安心して上に座り続けられるし、私も自由でいられる。
互いに利用し合う――それで十分だ。
――観察記録。
主任医師、久慈真理子(三十六歳)。既往歴に特記すべき事項なし。
全身の筋肉量は均整が取れ、特に大腿四頭筋から臀部にかけての発達が顕著。
乳腺組織は年齢相応以上の張力を保持し、下垂はほとんど見られない。
皮膚は白く滑らかで、毛細血管の浮き立ちがわずかに観察される。
入浴後の身体を目にしたとき、蒸気に濡れた皮膚は光を受け、汗と皮脂が艶を増していた。
三十代後半特有の脂質の匂い――それは衰えではなく、むしろ肉体の熟成を示す徴候。
完璧に整えられた骨格の上に、女性器官としての機能美と、成熟した女の濃厚さが同居していた。
……scalpel――メスを入れたい衝動が、一瞬かすめた。
思わず震えかけた手を、私は静かに収める。
(痛みを取り除く術は知っている。けれど快楽を扱う術は、どこにも存在しない。
その応答を見届ける機会が、いつか訪れるのなら――)




