第36話 余韻と訪問の予兆
実験は夜を通して継続され、吸着型に続いて収縮型・分泌型の槽にも維持血漿が投与された。
深雪は端末に映る波形を確認し、静かに記録を残す。 「……収縮型も、分泌型も同じだ。維持血漿で活動は保たれ、拡張は抑えられる」
波形はいずれも一定のリズムで安定を示し、成長や分裂は見られなかった。 ――吸着型に続き、他の型でも同じ結果。制御は、普遍化された。
深雪は短く息を吐き、冷めたコーヒーを口にした。 「……これで基盤は整った。次は舵を取る段階だ」
端末が震え、画面に「篠原美沙子」の名が浮かんだ。 深雪は受話口を取り、静かに応じる。
「……深雪先生。多点電極計測システム装置の近況報告をまとめていただきたいの」 篠原の声は抑制された硬さを帯びていた。
「承知しました」
短い沈黙のあと、篠原が続ける。 「それと、直接お話を伺いたいの。午後三時ごろ、研究室に伺ってもよろしいかしら」
深雪はわずかに微笑みを含ませた声で答えた。 「はい、大丈夫です。お待ちしております」
「ありがとう。それでは、午後に」 通話が切れ、研究室に静けさが戻った。
深雪がカップを置いた瞬間、壁際のインターホンが短く鳴る。
「どうぞ」
扉が開き、白衣姿の久慈が入ってきた。 「篠原先生からの件、聞いたけど……午後に研究室に来るのね?」
深雪は端末を閉じ、淡々と答える。 「ええ。装置の近況報告を求められました」
久慈は一歩近づき、声を落とした。 「……主任。私とテスト形式でやった臨床は、出す必要ないわよね?」
深雪は視線を外さずに返す。 「当然です。公式に提出するのは一般症例だけ。主任のお名前は出しません」
久慈は安堵の息を吐いたが、その表情にはなお不安が残っていた。 深雪は無言でその揺らぎを観察する。 (――反応は、隠せない。人間は数値で測れる)
久慈が安堵の息を吐いた瞬間、深雪は端末を操作し、画面に波形を呼び出した。 赤く跳ね上がる曲線。 「……これのことですよね、主任」
久慈は一瞬、顔を強張らせ、それから短く答えた。 「そうね」
深雪は小さく微笑み、画面を閉じた。 「また追加の臨床の件、いずれお願いできればと思います」
久慈は目を伏せ、曖昧に頷いた。 その揺らぎを、深雪の瞳がいやらしく追い続けていた。




