第34話 血漿の分岐点
夕刻の研究室。蛍光灯の白が冷却槽の表面を照らし、深雪は端末に映る数値を凝視していた。 「……血漿を与えれば、触手は育つ。だが、ただの栄養ではない」 触手が勝手に成長や分裂を始めれば、制御は失われる。だが収縮や吸着といった現状の機能だけを保てるなら――それは十分に“使える素材”になる。
指先で画面を叩き、保存データを呼び出す。 グルコース単独では弱い脈動しか示さなかった。血漿を与えたときだけ、触手の収縮と吸着は爆発的に強まった。 「燃料と……舵取り。二つが混ざっているはず」
深雪はコーヒーを口に含み、苦みを嚙みしめる。 「もし分けられれば――燃料だけで“生かす”、舵取りで“止める”ことができる」 その発想は、腫瘍学の文献で繰り返し読んだ抑制実験の記憶から閃いたものだった。
彼女はカルテを開き、新たな試験計画を記し始める。
作業カルテ:血漿分解試験(簡易版)
目的 血漿を「維持因子(燃料)」と「成長因子(推進)」に分けて、触手の活動を制御する。
維持因子(燃料:基礎維持)
水分:触手の活動環境の安定化
電解質(Na⁺, K⁺, Cl⁻):触手の収縮リズムの維持
ブドウ糖:最低限のエネルギー供給
成長因子(推進:分裂・成長)
アルブミン:物質輸送と浸透圧の調整
成長因子群(EGF, VEGF など):触手細胞の伸長・増殖を促進
免疫タンパク(サイトカイン類):外界刺激に対する応答性の調整
所見(深雪の考察)
維持因子だけを与えれば、触手の基本動作は保たれるが、拡大や進化は抑えられる。 成長因子を加えることで触手の分裂・成長・外界適応が一気に始まる。 ――つまり、維持因子で触手を“生かし”、成長因子で“進ませる”。制御の鍵は、この切り替えにある。
分離作業
遠心分離機の低い唸りが研究室に響く。試料はゆっくりと層を分け始め、透明な上澄みと赤みを帯びた沈殿に分離されていく。 深雪はピペットを操作し、透明な層を静かにすくい取った。 「……これが触手を維持する因子」 次に沈殿近くの濃い層を別のチューブに移す。 「そして、触手を成長させる因子」
2本のチューブにラベルを貼り、冷却装置に並べる。 ――維持か、成長か。ここから先は、触手に与える層で未来が変わる。
分離血漿サンプル(完成)
維持血漿(最低限の活動維持)
水分
電解質(Na⁺, K⁺, Cl⁻)
ブドウ糖
成長血漿(分裂・進展促進)
アルブミン
成長因子群(EGF, VEGF など)
免疫タンパク(サイトカイン類)




