第26話 装置到着
研究棟の奥、女医乃深雪に与えられた特別研究室。 冷却装置の低い唸りが鳴る中、白衣姿の技師たちが大型クレートを押し込んでくる。 側面には「生体反応計測装置」と刻印されたラベルが光っていた。
「ここに設置を」 久慈の指示に従い、装置は研究室中央に据えられた。移動可能な設計だが、当面は深雪室に固定されることになっている。
技師が初期起動を済ませると、モニターに淡い波形が立ち上がった。 深雪は近づき、淡々と確認する。 「キャリブレーション、基礎信号安定……ノイズは許容範囲内」 端正な指先が操作盤を走り、技師たちは黙って頷いた。
◇
小規模な導入プレゼンが始まった。 聴衆は数名の医師と病院幹部、そして倫理委員会の篠原美沙子。 壇上に立ったのは、助教授に昇格したばかりの久慈だった。
「この装置は神経応答を高感度で記録でき、臨床研究に大きな前進をもたらします。 疼痛治療、依存症研究、そして難治性の神経疾患にも応用可能です」
落ち着いた声で資料をめくる。 聴衆の視線を一身に受け、久慈は胸の奥で小さな誇らしさを覚えていた。 ――自分が導入に尽力した成果だ。
その時、篠原が端末を閉じ、低い声を落とした。 「……感度をここまで上げる必要があるのかしら。臨床データだけなら過剰では?」
会場に緊張が走る。 久慈は一瞬だけ言葉を探し、それでも笑みを崩さずに答えた。 「最新症例に対応するためには、これが必要です。臨床と研究、その両方を前に進めるために」
篠原は目を細めた。 だが次の追及はなく、ただ資料を閉じて沈黙した。
◇
会が終わり、人払いされた研究室。 残されたのは深雪と久慈だけだった。 静まり返った空間に、新しい装置の低い駆動音が響く。
深雪は装置に軽く手を置き、振り返らずに言った。 「最初にデータを取りたいので、主任にご協力いただけますか」
久慈はわずかに息を呑んだ。 前回の拘束実験の記憶が首筋をかすめ、一抹の不安が胸に広がる。 しかし院長の言葉、昇格の責任、そして深雪への医師としての信頼が、その不安を静かに覆っていった。
「……わかったわ」
短い沈黙。 深雪は端末を操作しながら、冷静に告げた。 「詳細は後ほど、メールで入れさせていただきます」
装置のモニターが脈打つ波形を描き、低い唸りがふたりの間に重く響き続けていた。




