第25話 断片と反応
研究室の冷却装置が低く唸り、消毒液に混じる鉄の匂いが漂っていた。 培養槽の中で蠢くものは、もはや「一匹」と呼べる存在ではない。ミミズのように細長い断片が絡み合い、数を数えようとしても答えは出ない。濃く赤みを帯びたもの、薄く透けるものが混じり合い、液面に「とぷり」と波紋を走らせる。
深雪は端末を操作し、淡々と記録を残す。 ――見ているだけでは情報不足。数=不明。まだ“形”が定まっていない。
「……このままでは意味がない」 滅菌トレーに器具を並べ、ピンセットを槽に差し入れた。断片をつまみ上げる瞬間、粘膜が指に絡みつくように「ぬるり」と抵抗する。深雪は眉一つ動かさず、素早くシャーレへと移した。
小さな分け実験
断片を四つに分け、それぞれ条件を変えて沈めていく。
基本組:普通の保存液。
栄養組:タンパク質や糖を多めにした液。
環境組:酸素を強め、温度を少し下げた液。
血液組:深雪自身の血を一滴、直接落とした液。
シャーレに沈む断片を、深雪は冷静に観察する。
基本組はほとんど動きを見せず、すぐに静かになった。 栄養組では、断片が急速に太くなり、筋肉のように収縮を始める。「とぷり」と液面が揺れ、表面に小さな吸盤の芽が浮かんだ。
環境組は逆に細く引き延ばされ、やがて「ずるり」と裂けた。二つに分かれた断片は、それでも同じリズムで揺れ続けている。
深雪は記録を打ち込む。 ――栄養組:肥大。力強さ↑。拘束に応用の可能性。 ――環境組:分裂。リズム維持。群れの行動を示す。
血液組
最後のシャーレに目を移す。透明な液面に落ちた赤は、瞬時に広がり、断片を包み込んだ。 半透明の組織が一斉に震え、「ぴたり」とガラスの底に張り付く。深雪が指をかすかに動かすと、断片も同じように微かに揺れた。
心拍が跳ね上がり、呼吸が一瞬乱れる。 白衣の下で汗が滲むのを自覚しながらも、彼女は端末に文字を打ち込む。
――粗削り。しかし進化は確実に始まっている。
口元にかすかな笑みを浮かべ、低く呟いた。 「……もう“使い道”ではない。これは確信よ」




