第24話 装置の影
倫理委員会が散会し、会議室は静まり返っていた。 篠原美沙子は資料を胸に抱いたまま椅子に深く腰を下ろし、低く息を吐く。
「……必要以上の精度。でも、完全には否定できない」 誰に向けたわけでもない独白が、蛍光灯の下に溶けた。
脳裏にちらつく過去。 痛覚研究に携わった日々。呻き声、震える波形、苦痛に紛れる微細な快楽。 ――もう思い出すまいと決めたはずの残像が、再び揺らめく。
しかし。 院長からの意向は重くのしかかる。 「深雪案件はなるべく通せ」――命令ではない、だが拒めぬ空気として落ちてきた言葉。
篠原は唇を噛み、椅子の肘掛けを握りしめた。 壁であろうとする自分。だが圧力の中で、理性だけを盾に立ち続けるしかない。
眼鏡を外し、こめかみを押さえる。 豊満な胸に資料を抱え直し、冷たい蛍光灯の下で立ち上がった。
――壁はまだ揺らがない。 だが、その奥底に眠る熱が、静かに息をしていた。
深雪 ― 研究室にて
研究室の冷却装置が低く唸りを上げていた。 深雪は端末を開き、導入予定の 生体反応計測装置 の仕様を眺める。
多点電極で神経活動をリアルタイム記録
筋電図・心拍・呼吸・発汗を同時計測
微細な皮膚電位すら捉える高感度モジュール
「……臨床なら、麻酔深度や疼痛管理に役立つ。だが――」 指先が画面をなぞる。
(性感回路も、依存も、すべて可視化できる。報酬系の設計図……私の手に落ちる)
保存槽の液面が「とぷり」と小さく揺れた。 深雪の視線が触手へと移る。 (表は臨床。裏は触手。そして主任……一石二鳥どころではない)
端末に「被験体:久慈」と打ち込み、ペン先を止める。 (主任は逃げられない。約束の延長線上で、当然ここに座る)
その瞬間、ふと自分の名を入力する想像が過ぎった。 深雪は小さく首を振り、無表情を取り戻す。
――画面の光だけが、冷たい研究室を照らしていた。




