第18話 報告と隠蔽
研究室の扉が開くと、消毒液の匂いに混じって、金属のような鈍い臭気が漂った。 久慈は小さく眉を寄せるが、何も言わずに奥へ進む。 冷却装置の低い唸りが空間を支配していた。
視線が一瞬だけ、解剖台の上に止まった。 ベルトの痕跡は片付けられているものの、痕は完全には消えていない。 久慈はそこに軽く手を置き、何事もなかったかのように端末へ視線を移した。
「解析、進んでる?」 「はい。周期性のある活動は出ていますが、腫瘍性反応の範囲内です」 深雪はモニターに加工済みのデータを映し、淡々と説明を続けた。
久慈は画面を眺め、わずかに頷く。 「……あなたの言うことなら信じるわ」 その声には探りと信頼の両方が滲んでいた。
その時、培養槽の奥で「とぷり」と小さな音がした。 久慈は気づかず、深雪の耳だけがその振動を拾う。 胸の奥が微かに震えたが、表情には一切出さない。
「随時、結果は報告します。主任にとっても意味のある数値になるはずです」 「……ええ、頼んだわ」
扉が閉じ、再び研究室に冷却装置の唸りだけが残る。 深雪は静かに笑みを浮かべた。 ――主任に見せるものと、私だけの真実は別。
***
モニターを切り替えると、隠していた本物のデータが立ち上がった。 加工前の波形には、腫瘍では説明できない規則性が刻まれている。
保存槽の液は淡く濁り、血漿を混ぜ込んだせいでわずかに粘性を帯びていた。 温度は体温に近く保たれ、微細な気泡が絶えず浮かび上がる。 その奥で、半透明の塊がゆるやかに膨縮を繰り返し、表面には吸着芽のような突起が並んでいた。
「……応答してる」 深雪は端末に入力しながら、顕微鏡を覗き込む。
電極を接触させると、波形が応えるように強まり、刺激を止めると呼吸のように収束する。 それは単なる腫瘍ではなく、選んで反応する“意思の芽生え”に近かった。
冷却装置の低い唸りと、保存槽の中の脈動が重なり合う。 深雪は胸に走る鼓動を抑えず、ただ静かに言葉を落とした。
「……あなたを死なせはしない」
返事のように、「とぷり」と小さな音が再び響いた。




