第143話 ドーパミンとβ-エンドルフィン――構築される受容態勢
特別研究室を支配する無機質な電子音だけが、極限まで張り詰めた空気を静かに震わせていた。
完璧な檻に囚われ、息を詰める被験体の様子を視界の端に捉えながら、深雪は右側のモニター――『術中モニタリングシステム・Ver.X』に静かに目を移した。
まだ本格的な処置など何一つしていない。神経の抵抗値を限界まで下げ、テスト用の微弱電流を流し続けているだけだ。
しかし、画面上の[ DA分泌量 ]を示す青いゲージは、じわじわと、だが確実なペースで上昇を始め、一般成人女性の最大限界を示す『赤い横線』へと不気味に迫りつつあった。
一方、処置チェアに完璧に拘束された篠原は、自身の中で起きているその変質を、逃げ場のない現実として突きつけられていた。
「……くっ、ぅ……、ヴ……っ」
喉の奥で必死に殺そうとしても、時折、重く震える苦悶の吐息が漏れてしまう。
(決して、暴力的な刺激じゃない……。ただの微弱な波のはずよ……)
だが、もはや『前頭葉(理性)による拒絶』などという防波堤は機能していなかった。1.2倍に高密度化された彼女の報酬系ネットワーク(側坐核)が、この微弱な信号を「極上の予兆」として莫大に増幅し、圧倒的なコマンドとして細胞の隅々へ叩き落としているのだ。
入力された微細な熱を余すことなく迎え入れようと、報酬系が自律神経へ「弛緩」の命令を下す。意思に反して開きそうになる唇の動きに、篠原の思考がハッと気づき、慌ててギリッと奥歯を噛み締めてそのシステムのエラーを強引に封じ込めた。
せめて表面上の体裁だけは保とうとする。だが、高伝導ゲルによって脊髄が超伝導化した今の彼女は、限界まで開脚された自身の秘部で起きている微細な事象すらも、恐ろしいほどの高解像度で拾い上げてしまっていた。
――ツーッ……。
とめどなく分泌された自身の血漿(潤い)が、重力に従い、柔らかな粘膜を伝い落ちていく生温かい感触。もはや陰部から一滴の雫が滴っているのさえ、純度100%のデータとして明確に知覚できる。
拒絶したい、耐えたいという『思考』は確かに彼女の中に存在している。だが、その声は首から下へは全く届かない。ただ自身の肉体が、より強大なシステム(報酬系)の支配下へ完全に移行したという残酷な事実だけが、一切の濁りなく、鮮明なデータとして脳幹へと突き刺さっていた。
深雪はモニターから視線を外し、極めて事務的な、担当医としての完璧な声色で告げた。
「微弱電流による神経の伝達状況は、極めて良好です。……これより、多点センサーの挿入による絶対上限の観測モニタリングへと移行します。よろしいですか、委員長?」
ただの医療行為の手順として、拒否権などないにも等しい状況で問う残酷さ。
センサーの挿入。その言葉に、篠原の心臓が大きく跳ねた。ただの微細な波(テスト電流)だけで、自身の知覚がこれほどまでに撹乱されている現状だ。そこにあの異様な質感が物理的に挿入されれば、一体どうなってしまうのか。逃げ場のない恐怖がよぎる。
一瞬の、重い沈黙。
だが、彼女は委員長であり、自ら志願した被験体だ。ここで泣き言を漏らすことなど、残されたわずかなプライドが許さなかった。
「……ええ。……頼む、わ」
微かに震える声で、篠原は自ら地獄への同意を口にしてしまう。
その言葉を引き出した深雪は、「承知いたしました」とだけフラットに返し、コンソール上の銀色の滅菌ケースから本番の測定に用いられる『拡張型多点センサー』を手に取った。
滑らかな表面には、32セグメントに分割された独立電極群が精密なグリッドを成して整然と並んでいる。さらに左右の側面には、いかにも機械的で無骨な小型のサイドモジュール(側面拡張ユニット)が過剰に増設されていた。
表面の電極群で粘膜の全域を隙間なく捕捉しつつ、挿入後には側方のアクチュエーターが膣壁の奥深くへと自動展開し、骨盤底に眠る巨大な神経の根『陰核脚』へ壁越しに直接ロックオンするための、恐るべきハッキングツール(Ver 3.2+ Custom)だった。
深雪は手の中で冷たく重いそのデバイスを見つめながらも、それが異常なアップグレードを施された『絶対上限への鍵』であることを、篠原には一切告げない。
そのまま振り返ることなく、メインコンソールの下部から太いデータケーブルを引き出した。その先端を、手にしたセンサーの尾部へとカチャリと差し込み、ロックを回す。
深雪の背後にあるモニターの数値が示す通り、現在の篠原の脳内では、莫大な量の『ドーパミン』と『β-エンドルフィン』が分泌され、生体システム全体を強制的に書き換えていた。
首筋のパッチから入力された微弱電流は、抵抗値ゼロの脊髄をタイムラグなしで駆け上がり、中脳の『腹側被蓋野』へと直撃する。常人の1.2倍に最適化されたこの器官は、純度100%のテスト信号を「極大の刺激が来る予兆」として正確に予測し、快楽の中枢である『側坐核』へ向けて莫大な量の【ドーパミン】を一気に投射した。
同時に、その異常な神経伝達のトラフィックを感知した脳下垂体は、これから訪れる未知の強烈な刺激(センサーの物理的挿入)から脳を保護しようと防衛機能を誤作動させ、強力な鎮痛・麻酔作用を持つ【β-エンドルフィン】を大量に放出してしまう。
期待と報酬のシグナルであるドーパミンは、未知の機械に対する恐怖を「強烈な快楽の予兆」へと反転させ、骨盤内の毛細血管を限界まで拡張させるための『物理コマンド』として働く。
さらに、強力な脳内麻薬であるβ-エンドルフィンは、前頭葉が必死に発している羞恥や拒絶といった『理性のブレーキ(ストレス)』を中枢レベルで完全に麻痺させ、来るべき異物をただの極上の刺激として迎え入れるための『完璧な麻酔』として作用している。
この二つの化学物質による絶対的なコマンドの支配下において――大股開きで固定された篠原の股間は、ただ微弱電流が流れているだけにもかかわらず、1.2倍のハードウェアとして完全に駆動し始めていた。
充血した柔肉の奥深くで毛細血管が拡張し、これから侵入してくる異物のサイズに合わせて、内壁が自律的にゆっくりと、だが確かな力で蠢き始めている。それは暴走などではない。来るべきセンサーとの『接続』を最もスムーズに行うために、システムが化学的に最適な受容態勢を構築しているのだ。
(せめて、止まって……。これでは……っ)
篠原は羞恥と絶望に目を強く閉じ、拘束から唯一解放されている足の指先を、痛いほど内側にギュッと折り曲げて耐えた。
必死に骨盤底筋を締めようと足掻いても、力んだベクトルはすべて空圧チェアのクッションにフワリと吸収され、微塵も身体を動かすことができない。ただ、とめどなく溢れた自らの潤いが、重力に従ってツーッと粘膜を伝い落ちていく生温かい感触だけが、異常な高解像度で脳へフィードバックされ続けていた。
やがて、準備を終えた深雪が、太いケーブルの繋がったセンサーを右手に持ち、ゆっくりと振り返った。
限界まで開脚されたまま震える委員長の秘部へと、深雪は冷徹な足取りで近づき、大きく開かれた足の間に立つ。
「委員長。失礼しますね」
深雪は、あくまで淡々とした担当医のトーンで声をかけた。
見下ろした先には、前頭葉の制止を完全に無視し、1.2倍のハードウェアとして完璧な受容態勢を構築し終え、潤い濡れそぼっている篠原の無防備な最奥があった。
その惨状を目の当たりにしても、深雪の表情はピクリとも動かなかった。
(……ええ、極めて正常な反応ね。T-ペプチドαで抵抗値がゼロになっているのだから)
深雪は内心で静かにそう処理すると、左手で医療用のガーゼを手に取った。
「……少し、清拭しますね」
事務的な言葉と共に、深雪は篠原の太ももから臀部にかけて伝い落ちていた過剰な潤いを、冷たいガーゼでサッと拭き取った。
「く……っ、」
ただガーゼが触れただけだというのに、その摩擦すらも強烈な電気信号として脳幹へ突き抜ける。篠原の身体がビクンと跳ね、折り曲げていた足の指がさらにきつく丸め込まれた。
深雪はその反応を無視し、右手に持ったセンサーの先端を、篠原の入り口へと静かに添えた。
ひんやりとしたシリコンと、金属製アクチュエーターの無機質な感触。
「では、力を抜いてください。……潤滑剤は、必要ないようですね」
淡々と、ただの事実としてそれだけを告げ。
深雪は、無数の電極を内包したその冷たく異様な質量を、篠原の最奥へと静かに押し当てた。




