第144話 最適化される受容態勢――1.0mAの直撃
ひんやりとした無機質な質量が、最奥の入り口にピタリとあてがわれる。
「……っ!?」
先端が触れただけの、ほんの僅かな接触。だが、抵抗値ゼロにまで超伝導化された篠原の神経は、そのデバイスが内包する圧倒的な質量と無数の電極のざらつきを、恐ろしいほどの高解像度で脳内へ突きつけてきた。
(だめ……これが入ってきたら、私の頭は――!)
元研究者としての明晰な理性が、かつてないほどの警鐘を鳴らす。現状の異常な感度でこんなものを沈み込ませれば、自身の思考が完全に崩壊してしまう。
本能的な危機感を覚えた篠原は、必死に骨盤底筋を硬直させ、入り口を固く閉ざして異物を排斥しようと身をよじった。
――プシュッ。プシュゥッ。
だが、その決死の抵抗は、無機質な排気音によってあっけなく封殺される。
座面の『骨盤ロック機構』が篠原の筋肉の力みを瞬時に感知し、自動で空圧を再調整したのだ。逃げようとするベクトルも、入り口を閉ざそうとする骨盤の動きも、すべて柔らかなクッションに完璧に吸収・相殺されてしまう。空圧チェアが立てる微細な駆動音だけが、彼女の無意味な抵抗を冷酷に物語っていた。
特等席でその足掻きを見下ろしていた深雪は、軽くため息を吐くと、極めて淡々とした声で告げた。
「……治療の為ですよ、委員長。力まないでください」
そう大義名分を突きつけると、深雪はセンサーを強引に押し込むような野蛮な真似はしなかった。
固く閉じようとしている入り口の粘膜にセンサーの先端を密着させたまま、周囲を馴染ませるように、ゆっくりと円を描くようにクルクルとなぞり始めたのだ。
「うっ……ぅ、く……っ」
抵抗値ゼロの神経に、粘膜をなぞる冷たいシリコンの摩擦が純度100%のデータとして直撃する。篠原の喉の奥から、痛みを耐えるような低く生々しい呻き声が漏れた。
異物を排斥しようとする前頭葉の命令は、中枢から放たれる莫大な快楽の予兆の前に為す術なく書き換えられていく。
ゆっくりと円を描き、馴染ませられるたびに。必死に保っていた筋肉の硬直がじわじわと解け、やがて抗うことをやめた肉体が、来るべきデバイスを受け入れるために自律的にドロリと弛緩し始めてしまった。
完全に抵抗のベクトル(物理的な硬直)が消失し、最適な受容態勢が開かれたことを確認し。
深雪は、熱を持った柔肉にミリ単位で隙間を埋めていくような恐ろしいまでの緩慢さで、その異様な質量をゆっくりと、確実に最奥へと沈み込ませていった。
充血し、熱を持った内壁は、冷たいシリコンの表面に自ら吸い付くように自律的な収縮を起こす。無数の電極の微細な凹凸に寸分の隙間もなく絡みつき、排斥するどころか、滑らかに奥へ奥へと導き入れてしまう。
T-ペプチドαによって神経の抵抗値がゼロになっているため、そのシリコンの冷たさも、側面に備え付けられた無骨なアクチュエーターの硬さも、恐ろしいほどの解像度で脳にフィードバックされてくる。
完全に挿入を終えた深雪はセンサーから手を離すと、処置チェアから一歩下がり、メインコンソールの前へと戻った。ここから先、直接触れることはない。
深雪は手元のタブレットを操作した。
「……ベースユニット、展開します」
ウィーン……という、骨伝導で響くような微小なモーター音が篠原の体内の奥底で鳴った。
冷たい異物が、その形を変える。三又のベースユニットが内側の空間を塞ぐように、ゆっくりと『カシャッ』と展開し始めたのだ。
まず上部へとせり出したメインの面が、最も感度の高いGスポットを容赦のない角度で的確に捉え、強く圧迫する。
それと同時に、本体から枝分かれした残り二つのサブユニットが、左右の膣壁へ向けてじわじわと扇状にせり出していった。ひんやりとしたシリコンと無数の電極が、柔らかな粘膜のヒダを内側からアイロンで伸ばすように容赦なく押し広げ、ミリ単位の隙間もなくビタリと張り付いていく。
前後左右、すべての内壁が内側から張り詰められ、無機質な機械の質量によって完全に『占拠』される圧倒的な圧迫感。
(あ……っ、そこは……っ、あぁ……)
まだ電気は流れていない。ただリモート操作で『最適な物理圧迫』が加えられただけだ。しかしそれだけで、篠原の腰はビクンと跳ねた。
さらに、側面に備え付けられた無骨な増設パーツが、壁越しに『陰核脚』の根元へとゴツリと収まる。まだ展開も通電もしていない、ただの沈黙する硬い塊。だが、己のシステムにおける最大の急所に、決定的な砲身をピタリと突きつけられたという絶望的な予感が、篠原の神経をゴリゴリと削り取っていく。
特等席であるメインコンソールへ戻った深雪は、通電のダイヤルにはまだ触れず、正面の二つのモニターへと静かに視線を向けた。
(……ええ。予測通りの異常な応答性ね)
深雪は波形を視線でなぞる。
アイドリング時に「145」だった伝導経路のトラフィックは、物理的な圧迫のみで『152 μV/ms』へとじわじわ上昇している。
そして何より、快楽の受け皿である『側坐核』の波形は、ベースラインであった1,200 μVをすでに突破し、『1,235 μV』という高値で推移し始めていた。
さらに画面右側のモニターでは、[ DA分泌量 ]と[ β-EP(β-エンドルフィン)分泌量 ]を示す二本の青いゲージが、一般成人女性の最大閾値を示す『赤い横線』を静かに突破し、高値で安定し始めている。
(電気など一切流していない。ただ物理的な異物が挿入され、展開されただけ。それなのに、被験体の内分泌系はすでに異常なステージへと足を踏み入れている。肉体はこの物理的な圧迫を『極上の快楽の予兆』として処理し、完全にプラトー期(絶頂直前の興奮状態)へと突入しているわ)
深雪の冷徹な分析を裏付けるように、背後の空圧チェアに拘束された篠原の下半身は、すでに彼女の意思を完全に離れていた。
キュッ……キュッ……と。
まだ通電のダイヤルは回されていない。それなのに、篠原の自律神経が勝手にセンサーに絡みつき、リズミカルに柔肉を締め上げているのだ。冷たい無機質な電極を、自身の粘膜で貪欲に味わい尽くそうとするかのように。
「あ……違う、のよ……。わたし、は……っ」
自身の中枢が放つ明確な要求――自分が機械の蹂躙を「待ってしまっている」という事実に、孤立した理性が絶望的な羞恥に染まる。頭では必死に否定している。しかし、首から下のハードウェアは理性の悲鳴など一切意に介さず、ひたすらに『次の段階(通電)』を待ちわびて催促し続けていた。
その惨状をモニターの数値越しに観測し終え、深雪は微かに口角を上げた。
(中枢はこれから放たれる電流を待ちきれず、自ら最適な受容態勢を完了させた。……ええ、最高の土台ね)
深雪は振り返ることなく、コンソールのダイヤルへ冷たい指先を這わせた。
「では、ベースラインの再構築へ移行します。……出力、1.0mA。通電を開始します」
――ピィン、と。
無機質な稼働音と共に、篠原の最奥に密着した三又のユニットから、最初のパルスが放たれた。
出力、1.0mA。一般的な医療機器であれば、かすかなピリつきを感じる程度の極小の波に過ぎない。
しかし、T-ペプチドαによって神経の抵抗値を完全に剥奪された篠原の肉体において、それは一切の減衰を許さない『想定以上のクリアな信号』として脊髄を駆け上がった。
濁りも、摩擦も、遅延もない。純度100%の波が、中枢の報酬系ネットワークへと一直線に直撃する。
「あ゛……っ、ぅ、あ゛……ッ」
篠原の身体が、空圧チェアの中でビクンと跳ねた。
前頭葉はその入力を「痛覚」として処理し、異物として排斥しようと身構えていた。だが、実際に脳を直撃したのは暴力的な痛みなどではない。32の電極から放たれる緻密なウェーブをロスなく拾い上げたことによる、細胞の隅々までが洗われるような、圧倒的に純粋な快楽の波だった。
異物を排斥しなければならないはずの自律神経が、放たれるクリアな信号を一滴たりとも逃すまいと、自ら冷たいセンサーに密着する。そして電極の凹凸に合わせて、規則的な収縮を繰り返し、ギリッ、ギリッと激しく締め上げ始めたのだ。
(ああ……なんて……)
ハードウェアが自発的に『最適化』を果たし、微小な電流を貪欲に味わい尽くしていく。
その圧倒的な心地よさと、満たされていく絶対的な敗北感。濁りのない波に呑まれかけ、孤立した意識すらもが熱に溶けそうになる。
だらしなく半開きになった篠原の唇から、無防備な感嘆が漏れ出そうになった。
(こ、れ……すご……っ」
――機械がもたらす極上の波を肯定する、致命的な一言。
それを口走りかけた瞬間、篠原はハッと目を見開き、自身の醜態に気づいた。慌ててギリッと奥歯を噛み締め、湧き上がりかけたその言葉を必死に喉の奥へと飲み込む。
機械に屈しそうになった己を否定し、失態を上書きするように。篠原は震える声で、必死に言葉を紡いだ。
「ち、治療の……ため、っ……」
誰に言い訳をしているのかすら分からない。
逃げ場のない空圧チェアの上で限界まで開脚させられ、自律的にセンサーを受容し続けながら、必死に「治療のため」と言い聞かせる。その姿は、大人の女としての矜持が容赦なく粉砕されていく、残酷なまでの絶望を体現していた。




