第140話 完璧な檻と、圧倒的なハードウェア
艶消しホワイトに塗装された『スマート空圧式処置チェア』。
促されるまま、篠原はその無機質な座面にゆっくりと腰を下ろした。
その瞬間、予想外の感触に篠原は微かに目を見開いた。人間工学に基づいて設計された分厚い特殊パッドが、薄い手術着越しの身体に吸い付くように優しく、かつ隙間なくフィットしたのだ。
「……あら。いかにも物々しい見た目に反して、意外と座り心地が良いのね」
篠原は微かな緊張を解き、委員長としての余裕を漂わせながら口角を上げた。
「ええ。私もテストで座りましたが、なかなかのフィット感でしょう?」
深雪は担当医としての穏やかな微笑みを浮かべ、手元のコントロールパネルへ指を滑らせる。
「腕と脚は楽にして、機材にすっかり委ねてくださいね。……では、まずはノーマルモードで基本ポジションを合わせます」
低いモーター音が足元で鳴り、チェアの背もたれがゆっくりと倒れ始めた。
同時に、『プシュッ』という微かな排気音と共に、アームレストとレッグレストに内蔵されていた空圧式のカフ(拘束帯)がせり出し、篠原の手首と足首をふわりと包み込む。
血圧計の腕帯にも似た、痛みのない柔らかな締め付け。だが、空気圧によって膨張したカフは四肢の関節を完璧にホールドし、ピクリとも動かせない状態に固定した。
(これが、極限の痙攣を防ぐための安全装置……。確かに、これならベッドから落ちる心配はないわね)
篠原の思考は、この状況を極めて冷静に処理していた。暴れる患者を安全に固定するための、至極真っ当で合理的な医療プロセス。そう意味付けすることで、拘束されることへの本能的な恐怖を、倫理委員長としての矜持で完璧に抑え込んでいた。
だが、真綿で首を絞めるような『完璧な檻』の牙が剥かれるのは、ここからだった。
「四肢のロックを確認しました」
深雪の声から先ほどの和やかな響きが消え、研究者としての冷徹なトーンへと切り替わる。
「では、骨盤ロック機構を作動。測定用ポジションへ移行します」
ウィィィン、という重い機械音が特別研究室に響いた。
直後、篠原の脚を固定していたレッグアームが、左右に大きく開き始めた。
「え……」
抗うことなど到底不可能な、機械による絶対的な力。アームは容赦なく彼女の股関節を限界まで押し開く。
さらに座面の角度が自動で変化し、腰回りを取り囲む特殊パッドが一気に膨張した。左右の腰骨と臀部を、分厚いクッションが万力のように挟み込んで噛み合わせる。
腰をよじることすら許さない、完全な物理的ロック。そのままチェア全体が持ち上がり、無防備に開かれた彼女の骨盤を、最も処置がしやすい虚空へと高く突き出した。
シューッという短い排気音とともに、すべての動きが完全に停止する。
ビタリと、一切の隙間なく固定された。
その瞬間――篠原は、この空圧チェアがもたらす『真の恐ろしさ』に気づいた。
痛みが、ないのだ。
かつての治験で無骨な拘束具でフラットなベッドに縛り付けられた時は、手首への局所的な圧迫感や、硬い台に背中を押し付けられる痛みが確実に存在した。
しかしこの最新型のチェアは、これほど絶望的な体勢を強いているにもかかわらず、空圧によって体重を完璧に分散させているため、肉体的な苦痛や不快感が一切存在しない。
それは一見、患者への手厚い配慮のように思える。だが、常人の1.2倍という大容量の伝導経路を持つ篠原の知覚にとって、「気を逸らすための痛覚」が全く存在しないこの過剰な快適さは、最悪の拷問として機能した。
痛みがない。苦しくもない。
その結果、持て余した1.2倍の莫大な知覚のピントは、無防備に高く持ち上げられた己の局所へ間もなく冷たい機械が入り込んでくるという、『絶対上限の測定』への強烈な予感ただ一点へと、否応なしに強制フォーカスさせられてしまったのだ。
「機器を立ち上げますので、少しそのままでお待ちくださいね」
深雪は背を向けると、メインコンソールの操作に向かった。
特別研究室に、カチャ、カチャと、銀色のトレイの上に処置用の材料や器具が並べられていく乾いた音が響く。
その規則的で無機質な響きの中で、篠原の大脳は、現在の己の状況を極めて客観的に分析していた。
現在彼女が身に着けているのは、下着すらない素肌の上に羽織った、簡素な手術着一枚きりだ。
そして今、空圧チェアによって骨盤を限界まで高く持ち上げられたことで、薄い布地は重力に従い、自然と下腹部の方へ滑り落ちていた。豊かな太ももの内側から局所にかけての柔肌が、冷たい空調の中に完全に露わになっている。
だが、それは決して「偶然はだけてしまった」わけではない。
医療処置において、対象となる『術野』を確保するために衣服を避けるのは、極めて当然のプロセスだ。このチェアの測定用ポジションは、患者の衣服をわざわざ脱がす手間すら省き、重力と姿勢の力だけで最も正確に局所を露出させるよう、冷酷なまでに計算し尽くされているのだ。
(ええ、そうよ……なんの不自然もない、極めて合理的な医療体勢だわ)
篠原は胸の内でそう反芻し、込み上げてくる凄まじい羞恥を『治療を受けに来た患者』という自己暗示で強引にねじ伏せた。
恥じることなど何もない。
布一枚の心許なさも、股間を撫でる微かな空調の冷えも、すべては医療行為の一部として受け入れるべきものだ。
(耐えるのよ。……あの『多点センサー』が挿入され、データを取り終えるその時までは)
彼女はギリギリで隠された胸元の布の下で、大脳新皮質から強力な抑制コマンドを発し続けていた。
この時点ではまだ、彼女の強固な思考は、己の肉体の反応を完全にコントロールできていると信じていたのだ。
――だが。
背後で不意に、深雪が『生体反応計測装置(Nexus-X 09)』のメインスイッチを入れた。
『――ブゥゥン……』
特別研究室の空気を微かに震わせる、低く重い起動音。
それは決して特別な音ではない。ただの大型モニターとデータロガーが立ち上がるだけの、無機質な環境ノイズだ。
篠原の思考も、それを「ただの計測器の音だ」と正しく認識し、冷静に受け止めていた。
しかし、常人の1.2倍という規格外の伝導容量を持つ彼女の神経ネットワークは、その微かな空気の震えすらも一切のロスなく拾い上げる。そして、四六時中アイドリング状態の発情ノイズに苛まれ、常に飢餓状態にあった『高密度化された側坐核』が、その信号を「待ち焦がれた測定の始まり」として、圧倒的な力で処理し始めてしまったのだ。
大脳が「ただの機械音だ、落ち着け」とシビアな抑制コマンドを送り続ける。
だが、書き換えられた脳のスペック(処理能力)が、その思考のブレーキを物理的に凌駕していた。
意思とは完全に無関係に、骨盤内の毛細血管が一気に拡張し、重い熱を持った血流が局所へと強制的に集められていく。1.2倍のハードウェアが、その高いスペックを静かに、そして着実に稼働させ始めたのだ。
やがて、空圧パッドで完璧にロックされた膣の奥が、これから侵入してくるであろう冷たいセンサーを待ち侘びるかのように、ゆっくりと、だが確かな力で自律的な収縮を始めた。
「あっ……」
内壁の収縮作用に押し出されるようにして、子宮口の奥から甘い熱がじゅわっと滲み出す。
先ほどまでは微かに湿り気を帯びている程度だった粘膜が、明らかな熱を伴って、はっきりと自覚できるほどの潤いを分泌し始めていた。トロリとした血漿の液が、無防備に開かれた柔肌を艶やかに濡らしていく生々しい感覚。
(違うわ……。これは検査……私の異常を治すための、医療行為よ……)
熱い分泌液が下腹部へ伝い落ちる感覚に、篠原は必死に矜持をかき集め、己の肉体へ向けて停止の命令を叩きつけようとした。
(駄目よ……止まりなさい……っ)
だが、大人の女としてのシリアスで悲痛な抵抗も虚しく。
彼女の強固な思考は、自分自身の『1.2倍の脳』という圧倒的なハードウェアの強さの前に、なす術なくすり潰されていく。開脚固定された彼女の秘部からは、抗えないスペックの証が、とめどなく溢れ出ようとしていた――。




