↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女医乃深雪の記録ー快楽の追及ー日常侵食編  作者: 女医乃深雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

134/147

第131話 短文に隠された懇願

女医乃深雪のスマートフォンに、篠原からの不自然なほど短いメッセージが届く、ほんの数十分前のこと。

 ベッド脇のソファにぐったりと腰を下ろした篠原は、右手にスマートフォンを握りしめたまま、焦点の定まらない虚ろな瞳で目の前の惨状を見つめていた。

 乱れきったベッド。そして、自分自身の身体からとめどなく溢れ出た愛液によって、ひどいシミを作ってしまった真新しいシーツ。

「はぁ……っ、ふ……」

 荒い呼吸と共に、乾いた唇から惨めな吐息が漏れる。

 なぜか、夜の間だけは泥のように眠ることができた。しかし、朝の光と共に意識が浮上した瞬間、地獄は容赦なく口を開いた。

 目覚めと同時に、下半身の奥底からジリジリと這い上がってくる『1.2倍の微熱(ノイズ)』。シーツと肌が微かに擦れるだけの刺激すら、高密度化した神経回路が過剰に拾い上げ、狂おしいほどの疼きへと変換してしまう。

 たまらずシーツに顔を押し当て、震える指を自身の秘所に這わせた。

 かつての自分であれば、間違いなく絶頂に達し満足していたはずの快感。現に、指先から伝わる快楽は以前の倍以上に跳ね上がっていた。

 しかし、どれだけ身体を震わせても、一向にあのノイズが治まる気配はない。

 脳の報酬系が、『こんなちっぽけな刺激ではないだろう』と冷酷に突き返してくるのだ。

 そして脳は、足りない快楽を補うかのように、最も強烈な記憶を強制的にフラッシュバックさせる。

 自身の浅い指先などでは到底届かない、無数の電極によって神経の髄まで暴き立てられた、あの暴力的な到達点――。

 そのおぞましくも狂おしい記憶自体が新たなガソリンとなり、一度は静まりかけたはずの身体に再び容赦なく火をつける。

「……ぅ……おぉっ……違う、これじゃ……ない……っ」

 獣のように低く唸りながら自らを慰め、足りないと絶望し、あの無慈悲な機械の記憶に灼かれてまた無心で指を動かす。終わりのない不毛な行為を何度も繰り返した結果が、目の前に広がる惨めなシミだった。

(私は、学園の委員長なのに……)

 どろどろに疲労しきった身体で、篠原は手元のスマートフォンに視線を落とす。

 画面には、女医乃深雪のアドレスが表示されていた。

(早く、治療法を……。この狂いそうなノイズを消すための、その、治験を……っ)

『もう耐えられません。早く何とかしてください。早く治験をして、治療法を。前回も、あのセンサーを使った治験の後は、一時的に症状が治まりました。だから早く、取り敢えず治験を――』

 フリック入力で、感情のままに文字を打ち込んでいく。

 事実、二度目の治験で、あの『多点センサー』を挿入された後、暴走していたノイズはしばらくの間、嘘のように鳴りを潜めていた。

 最適化した脳が圧倒的な快楽を与えられ、一時的な『満足(休息)』を得ていたからに過ぎないのだが、篠原はそれを「治験によって症状が緩和した」のだとすり替えて信じ込んでいた。いや、そう信じ込まなければ自我が保てなかったのだ。

 だが、送信ボタンを押そうとした親指が、ふと空中で止まる。

 画面に並んだ、悲痛な文字の羅列。

 それを冷静な『委員長』としての視点で読み返した瞬間、篠原はハッと息を呑んだ。

(……だめよ。これじゃあまるで、私が……あの下品な機械を欲しがって、自分から哀願しているみたいじゃない……っ)

 理性の最後の防波堤が、悲鳴を上げた。

 「治療のため」という建前をどれだけ並べ立てても、文面から滲み出る隠しきれない『飢え』と『欲情』。もしこれを送れば、女医乃深雪にすべてを見透かされてしまう。

「っ……、うぅ……っ!」

 篠原は小さく呻きながら、震える指でバックスペースキーを長押しした。

 タタタタッ、と。必死に絞り出した本音が、無機質な速度で消去されていく。

 すべてを消し去り、真っ白に戻った入力画面。

 限界まで摩耗したプライドと、今すぐにも狂いそうな肉体の狭間で、篠原がやっとの思いでひねり出したのは、たった一行の短い定型文だった。

『お休みのところすいません。その後、お変わりないでしょうか?』

 その文字面だけを見れば、ただの事務的な挨拶だ。

 この一行に、自分のすべての絶望と懇願が込められていることなど、深雪には到底伝わらないかもしれない。それでも、これ以上惨めな言葉を紡ぐことは、彼女のプライドが許さなかった。

 震える指先で、迷うように、祈るように――篠原は送信ボタンをタップした。

     *

 そして、現在――。

 送信されたメッセージを受信した、深雪の視点へと戻る。

「随分と、短文ね……」

 深雪は小さく呟き、「お変わりありませんか」という画面の文字を見つめながら、少しだけ何かを悟ったような表情を浮かべた。

 だが、深く詮索することはしなかった。

 手帳を取り出し、再来週のスケジュールを確認すると、スマートフォンの画面に極めてフラットなテキストを打ち込んでいく。

『わかりました。機材の準備は整っています。再来週のご都合はいかがでしょうか?』

 送信ボタンをタップした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。