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越権と過労

 三月。景吾は勤務先である大阪府内の税務署近くにあるホテルのレストランで潤子と待ち合わせをした。潤子は自分の母親と一緒に新幹線で来ていた。景吾は苦笑いを浮かべて、

「遠路はるばる申し訳ありません」

「こちらこそ。お忙しいのに」

 母親が労う。潤子の焦点が合っていない。窓を眺めたり景吾に振り向いたりと視点がせわしない。自分の住んでいる秋田と大阪の違いに驚いているのだろう。大阪には活気がある。秋田ではまだ雪が残っているが大阪には無い。


 母親が潤子の肘を軽く叩く。潤子は頭を軽く下げながら、

「お久しぶりです。橋本さん」

「こちらこそ」

 景吾は苦笑いを浮かべながら曖昧に相槌を打つ。紅茶が運ばれてくる。三人は飲む。香りも味も悪くない。隣では快活な大阪弁で若い男達三人が会話している。


 潤子が先に飲み終えて二杯目を注文する。景吾は半分ほどしか飲んでいなかった。注文用タブレットを置くと潤子は、

「官僚は国会議員を信用してないのは本当ですか」

 母親と景吾は紅茶を喉に詰まらせそうになったが耐えた。潤子は無表情で待っている。落ち着くと母親は、

「どうしてそんな失礼な事を訊くの?橋本さんのお父様は国会議員でしょ」

「じゃあ、何故、予算編成は国会議員ではなくて財務省がやるの?」

 潤子が事務的な口調で訊き返す。景吾は眉を寄せて、

「僕は下っ端ですから上の事はよく分かりません」

「ごめんなさいね」

 母親が代わりに謝る。潤子は、

「財務省の人達は残業し過ぎになるし、国会議員は仕事奪われて不満だし、おかしいとは思いませんか」

「え?」

 景吾が声を漏らす。潤子は、

「予算を決めるのは国会だと義務教育で習ったではありませんか」

「橋本さんを困らせてどうするの?」

 母親が注意する。確かに予算を決める機関は国会だと学校で習うし憲法でも定められている。しかし実質は国会議員の知識不足を理由に財務省が肩代わりをしている面がある。潤子はそこを疑問に感じているのだ。


 潤子の二杯目の紅茶と料理が運ばれてきた。母親は手を合わせると、

「税務署のお仕事は本当に大変ですよね」

「いいえ。慣れました」

 景吾はぎこちなく笑って答える。料理を食べる。味は濃くないが出汁が効いていて美味い。隣では男達が会話が弾んでゲラゲラ笑っている。


 料理を半分ほど食べると潤子は、

「別に私は財務省解体しろとか思ってないけどな。官僚を嫌っているわけでもないし」

「その言い方も偉そうなのよ」

 母親が注意する。確かに傲慢ではある。しかし潤子は嘘を言っていないのだろうと景吾は何となく分かった。単に職権乱用に反発しているのではなくて財務省職員の過労を心配している。潤子は皮肉ではなくて純粋に疑問を感じているのだろう。

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