刺激に困る景吾
皆、料理を食べ終える。景吾の父親は、
「次もお会いしてみてはどうだろうか」
と、提案した。景吾の腹が冷えた。もう二度と会わないつもりだったのに、断る文言を考えるのを忘れていた。潤子の母親は不安そうに、
「よろしいのですか」
「ええ。何時頃にしましょうか」
景吾の母親が話を進める。潤子の父親が、
「我々は何時でも大丈夫ですが」
「それではこちらが詳しい日時と場所をいくつか考えておこう」
景吾の父親が締めくくった。結局、景吾は断れなかった。潤子は無表情だ。嫌がっているのか、楽しんでいるのか景吾には分からない。
米倉夫婦は頭を深く下げ、潤子もそれに倣った。景吾の両親はにこやかに手を振った。六人は別れた。
ぼんやりタクシーを待っている景吾に、
「仕事を惰性でやっているだろう」
父親が呆れ気味に咎めた。景吾が振り向くと父親は、
「せめて『色んな立場の人達に合わせる為に複雑になりました』と、答えれば良かったんだ」
先程、潤子が質問した税制度の話だ。景吾は、
「そりゃあ簡単に単純化すべきじゃないけれど、咄嗟に言えないよ」
「良い刺激になったでしょ」
母親が真顔で言う。景吾は眉を寄せて、
「刺激どころか困るよ、あんな人」
両親は冷たい視線で景吾を睨む。丁度、タクシーが来た。
両親が潤子に何を期待しているのか。景吾には分かりかねた。息子に発達障害者と見合いさせて単に票田を集めたいのか。発達障害者を国会議員の親族にさせる事で政府に影響を与えたいのか。両親にそんな打算が有るのかどうかも分からない。両親は両親なりの戦略を建てるが、身内を踏み台にして平気な人間ではない。
家に帰ると居間で父親は景吾を座らせ、
「今のお前には潤子君という刺激が必要なんだよ」
「それがよく分からない」
景吾が言い返す。父親は、
「自分とは全く違う人間が生きている。これを知らずに責任有る公務員にはなれないぞ」
仕事を漫然とこなしている事を見抜かれて景吾は居心地が悪くなった。母親は父親の隣に座り、
「潤子さんは不器用だけど真面目なの。それが分かるだけでも良い」
「だからって結婚しなきゃなんないの?」
景吾が苦い顔をする。母親は溜息を吐き、
「潤子さんにも断る権利はあるでしょ」
「それに父さんも母さんも無理に潤子君と結婚しろとは言ってない」
父親が補足した。母親は不安そうに、
「無理する必要は無いけれど、自分の仕事に責任を持ちなさい。潤子さんと話してまずは自分と世界を知る事ね」
目先の仕事ばかりで周りを見渡さない。そんな仕事ぶりを母親からも見抜かれている。
作業所で働く障害者と税務署の職員。通常では二人が互いに興味を持つ機会は無い。父親は、
「潤子君は自分や作業所だけじゃなくて社会にも税制度にも興味を持っているんだ。それをお前も見習うんだな」




