火付け役
翌日。景吾は職場に戻った。職場での景吾の立場は複雑だった。景吾の父親が国会議員である事を皆、説明を受けていないのに知っていた。納税者達も気付いている。しかし父親が出馬していた選挙区が違っていたので直接あれこれ要請してくる者はいない。
署長は景吾の扱い方に困っていた。依怙贔屓するわけにもいかないし、ぞんざいに扱うわけにもいかない。父親は与党の党員で保守的だが、景吾は変革を求めている。父子で癒着されるのも困るが正反対な行動を取られると戸惑う。
同僚達から景吾は議員を世襲するのかどうか興味を持たれていた。しかし、親の七光を嫌い行政の小さなネジとして働く景吾に気付いて全く誰も煽らなくなった。納税者達も珍しそうにしていたが、地味で堅実な景吾に慣れた。
今日もまた皆、愚痴を言いながらも仕事をしている。納税者達は税の高さに文句を言い、税務署職員達は脱税に目を光らせる。景吾の影響のせいか部下達や同僚達は余裕ない小規模の経営者達には丁寧で親身な指導をしている。そもそもこの地域の富裕層は大阪と比べて少ない。経済犯罪が報じられると皆、感情的になる。
十月。景吾は署長に提案をした、
「市役所と協議して優良企業を誘致するのはどうでしょうか」
「何を言い出すんだ君は」
署長が驚くと景吾は落ち着いた声で、
「あくまでも人材と雇用を生み出す優良企業です。税収も上がるかと思われます」
署長は苦い顔をして、
「我々は地方行政の機関ではないんだ。それに不確かな事は無理だ」
「一応、簡単に下調べをしました。時間が有る時に目を通して下さい」
と、景吾は資料の入ったメモリを渡す。署長はつまらなそうに受け取る。景吾は頭を下げて静かに退出して行った。
戻った景吾に同僚は、
「どうだった」
「あまり反応は良くなかったな」
景吾が答えると同僚は苦い顔をして、
「まあ。仕方ないよ」
同僚数人と部下達で納税者達や税理士達に景吾の案を広めた。驚いて反発した者は少なくなかったが、興味を持った者も多かった。彼等彼女達が役所や親類や仲間に更に広めた。皆、半信半疑であった。
富裕層か優良企業が無償か低価格で技術や経営を教える。それを秋田市周辺で行えば秋田県は徐々に変わっていく。
この提案に興味を持ちそうな富裕層や優良企業を探して景吾は事前に連絡をとってみた。既に似た事を試みている者もいれば、反射的に反発した者もいるし、興味を持った者もいる。賛同した者達と何度かテレビ通話して作戦を練った。それを職場仲間や納税者達に見せていた。
賛同した納税者は、
「面白いけれど、なんか自信ないな」
役所の職員は、
「税務署が主導すると凄みがある」
景吾は税務署や自分が主導する必要性は無いと考えていた。むしろ役所や納税者達が自由気ままに富裕層とやるべきだと考えている。




