異動
筋肉痛が治りかける中、職場に戻ると上司の西村が景吾を署長室に連れて行った。景吾は胃が少し重い。緊張した。また不思議な仕事を任されるのか、それとも叱責されるのか。最近は可もなく不可もなく仕事をこなしているので心当たりがない。
西村が扉を叩いて入るように命じられると、二人は静かに入った。署長が困った顔をして、
「実は来年度から君は秋田県に移ってもらうことにったんだよ」
寝耳に水だ。西村は腑に落ちない様子で、
「上が橋本君の調査にまだ怒っているのですか」
署長は困った顔をして、
「僕もそれを疑ったのだけれど、昇級もしているんだ。秋田市だよ」
西村は景吾に振り返り、
「大丈夫?」
「お断りするつもりはないですが、家を探すのに時間がかかるかもしれません」
景吾が答えると署長は、
「向こうには君の苦労と実力を伝えておく。遅れそうなら手伝うよ」
「恐縮です」
景吾が頭を下げる。西村は、
「困ったら遠慮なく言ってね」
「有難うございます」
景吾が答える。西村と景吾は頭を下げると静かに退出して行った。
景吾は引き継ぎをしたり転居手続きをしたり多忙になった。遠くへ移転になった事に驚きはしたが、実家とは近い。不満はなかった。西村から異動の話を聴いた同僚達は複雑な様子で景吾を見守ったり引き継ぎを手伝った。
「秋田はここからも東京からも遠いな」
「一応、昇級したんだろ」
「頑張れ」
皆、景吾を案じながらも応援した。
景吾が両親に異動を伝えると父親は、
「故郷近くに戻るのも縁だ」
「頑張りなさい」
母親も電話で応援した。
隣の席で働いていた同僚が、
「実家からの縁談は結局、どうなったんだ。今回の異動と関係が有るのか」
と、尋ねてきた。一昨年の盆帰りに景吾は母親から潤子の話を最初に聞かされた事に対してそれとなく愚痴をこぼしていた。同僚がつまらなそうに聞いていたのでそれ以上、詳しくは話していなかった。
「婚約したわけではないし、多分、関係ないと思う」
景吾が答えると同僚は、
「気まずいな」
と、軽く同情した。景吾は、
「大丈夫だよ。喧嘩別れしたわけじゃないし」
引っ越しが面倒だが何とかなった。景吾は故郷近くに異動する。便利な大都市に憧れて秋田に興味を持たない者が多くて雪がよく降るけれども秋田は良い所だ。最近では東京に嫌気がさして農村部や地方に移住する者が増えているぐらいだ。
景吾はひたむきに雪掻きをしていた虹の雪の人達を思い出す。秋田では温暖化の四月でも一部に根雪が残っていた。




