署長の提案
約一週間後。景吾は西村に呼ばれて署長室に連れて行かれた。景吾は胃に重りを詰め込まれた感覚を覚えた。最近、ミスを避けてはいるが作業効率が悪くなっている。署長直々に叱られるのだと思うと胸も痛くなる。しかし上司の西村の顔色は何故か明るい。
西村が扉を叩くと中から入るように命じられた。二人は静かに入り、署長の机の一歩前に立ち止まる。署長は興味津々に景吾を見つめている。署長の表情には憎悪を感じられない。景吾は少しだけ安堵した。
署長は両肘を机に置き、指を組んで、
「西村君から話を聞いたよ。変わった女性から色々頼まれているようだね」
景吾の目が泳ぐ。偏った思想を持った障害者との面会は公務員として良くないと叱責するつもりだろうか。仕事での叱責よりも苦痛だ。署長は西村と目配せをしながら、
「僕は君と西村君とでシュミレーションをして欲しいんだよ」
景吾はポカンとした。署長の意図が分からない。西村が補足する、
「私達が簡単なやり方を考えてその影響を確かめる実験をするの」
景吾は息を飲んだ。税制度の簡略化を実験する。そんな事が出来るのだろうか。出来たとしてもどうすれば良いのか。景吾が呆然としていると署長は、
「実験で欲しい資料は僕に頼んでくれ。なるべく国の経済と公平性が損なわない事を大前提にするんだ」
西村は深く頭を下げて、
「有難うございます」
「あ、あの、通常業務はどうなるのでしょう」
景吾がしどろもどろに尋ねると署長は、
「皆には君達が実験する事を僕が話すよ。通常業務はなるべく減らす」
「わ、分かりました。頑張ります」
景吾は呟くように返事をした。突然の計画で頭が真っ白になった。署長が潤子の案に興味を示すだけではなく、実際に実験をさせるのだ。叱責よりも衝撃的である。景吾は西村に促されて西村と一緒に頭を下げると、部屋を静かに退出して行った。
全く新しい事を突然やる。景吾は不安で身体が冷えるのを感じた。具体的にどこをどの様にどれくらい変えるのか見当もつかない。しかし慣れ親しんだはずなのに疑問を持ち始めた仕事をしても作業効率は落ちている。
席に戻ると西村は、
「貴方が担当している納税者の皆さんや税理士さんにまずは聞き取り調査をしてみたらどう?」
「かしこまりました」
少しだけ勇気が湧いてきた。追加徴税や不備の指摘で会う事が多かったが、今回は自分達の不備を尋ねるのだ。しっかり伝えれば相手も嫌な顔はしないだろう。景吾の担当には中小企業の社長ばかりだったが、西村と署長が農家や漁師にも聞き取りをするように引き合わせている。
不安を抱えながらも景吾は実験を始めていく。




