考える潤子とそうでない景吾
景吾はコーヒーを、潤子はアイスを頼んだ。景吾は、
「具体的にどうやって単純化するんですか」
潤子は宙を睨んで考える。税制度が複雑過ぎる事を知ってても、税制度そのものを理解しているわけではないようだ。けれども潤子は、
「税の種類を減らしたり、大企業の優遇措置を撤廃したり、計算方法を簡単にしたり」
心持ち、自信なさそうに答えた。曖昧だ。景吾は腕を組み、
「優遇措置を撤廃したら大企業が反発して外国に行くと思うけど」
「本当にそうですか。面倒な計算で貴重な時間と労力が奪われるのを彼等は最も嫌いますよ」
潤子は事務的な口調で反論する。景吾は先輩に勧められた自己啓発本を思い出した。確かに時間はあらゆる資産の中で価値があると書かれていた。潤子は、
「あと、大企業が優遇措置を撤廃すれば中小企業から支持を得られます。信頼は一番の資産です。それにそうなれば一気に簡略化の意見がまとまります」
信頼は現金より価値がある。それも本に書かれていた。景吾は潤子が潤子なりに本気なのだと分かった。与党の党員の中には中小企業の社長も少なくない。大企業の鶴の一声は大きな波紋を呼ぶだろう。けれども景吾は、
「みんなが簡略化を願ったとしても、色んな立場や思惑がありますからね」
潤子が不思議そうに景吾を睨む。景吾は、
「事業や会社の規模の大きさはバラバラだし、業界によって立場も考え方も違います。皆が納得いく簡略化はすぐには決まらないでしょうね」
「そうですか?皆、面倒臭がっているのは同じですけどね。税務署も納税者も『ああすれば良いのに』と思ってる事は沢山あるのでは?」
潤子は事務的な口調で言い返す。皆が簡略化を望んでいる事に疑いを持ってないようだ。
注文したものが運ばれてくる。二人は受け取る。潤子はアイスを食べ、景吾はコーヒーを飲む。
仕事に慣れたとはいえ、確かに煩雑で面倒で面白みにかけることには代わりがない。景吾はそれが仕事なのだと今まで割り切っていたが、納税者の不満の原因だと突きつけられると、自信を無くしそうになる。コーヒーがやけに苦く感じられる。一方、潤子は美味しそうに食べている。
飲食を終えると二人は会計を別々に済ませて別れた。
頭痛ではないが頭がクラクラする。景吾はホテルに戻るとシャワーを浴びた。漫然と仕事をしている景吾と思考をめぐらす潤子。公務員であるのに流される景吾と障害者であるのに立ち止まる潤子。景吾は潤子を何となく見下していた自分に気付いた。




