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感情的な報道

 風が吹く。しかし何十分も日向にいると暑い。景吾は、

「近くの店で休みませんか」

 と、立ち上がる。潤子はそれに従う。景吾は周りを見渡していていそうな店を探す。潤子はその後をついていく。途中で青信号を待ったり、自転車や車を通したりしたが、二人は黙っていた。景吾にはどんな話をすべきか分からなかったし、潤子も話しかけてこない。


 小さな喫茶店に入る。客は何人かいたが満席ではなかった。二人は奥に案内される。潤子はコーヒーとカレー、景吾は紅茶とオムライスを頼んだ。注文用タブレットを置くと景吾は、

「イライラするならもっと身近な所でイライラすれば良いじゃないですか」

 潤子は不快そうに宙を睨み、

「今は作業所でも家でも特に不満はありません」

 景吾は机に肘をつき、頬杖をして、

「いつもイライラしないとダメなんですか。精神衛生上、悪いですよ」

「嫌な言い方ですね。問題から目を背けて解決でもするんですか」

 潤子が冷たい目で景吾を睨む。景吾は頬杖をしたまま、

「貴方は国会議員でも社長でもないでしょう」

 潤子は冷たい声と事務的な口調で、

「私が作業所でしか働けない発達障害者だからとバカにしているんですか。そして民主主義もご存じないのですか」

 景吾は目を泳がせながら腕を下ろし、

「法律も税も個人で考える話ではないでしょう」

「違います。むしろ課題だ課題だ皆で考えましょうと言っておきながら何も解決策を提示しないマスコミがおかしいです」

 潤子が言い返す。コーヒーと紅茶が運ばれてきた。二人は受け取ると、飲み始める。二口ほど飲むと景吾は、

「マスコミは事実を教える中立な機関ですから」

「本当ですか?感情を煽ってるだけに感じますが。複雑な事実を理性的に分かりやすく説明する気概なんてありませんよ」

 潤子が見下す様な冷めた口調で言い返した。芸能人の醜聞や衝撃的な事件を繰り返すテレビへの不満だろう。景吾もそれが嫌でテレビを自宅に置いてない。


 コーヒーを半分飲み終えると潤子は、

「談合とか横領とか賄賂とか献金とか脱税とか皆は感情的に騒ぐけれど、具体的に誰がどの様に傷付いたかなんて二の次。再発防止策をどうするかなんて議論もしない」

 経済犯罪の恐ろしさや影響について景吾は財務省の人間として熟知している上に再発防止策の議論の場に何度も居合わせている。けれども報道陣が感情的な語り方をしているのも否めない。むしろそんな報道陣に疑問や不満を持つ潤子が理性的に見えた。


 カレーライスとオムライスが運ばれてきた。二人は受け取る。景吾が食べ始める。潤子は、

「ああいう事件はややこしいから冷静に分かりやすく説明して欲しいですね。感情的に犯人を糾弾しても逆に何が悪いのか分からなくなります」

 正直だと景吾は思った。潤子には幼稚と老成が同居している。潤子は自分の理解力の限界と無知を認める勇気が有るのだ。経済犯罪に怒る納税者の中には正しく事件を理解していない者も少なからずいる。職場でも犯人への蔑みが強過ぎて実害を深く考えない者もいる。経済犯罪は公正と信頼とインフラという国の基盤を壊す暴力だ。豪遊せずに質素に暮らしていても経済犯罪を起こせば悪影響は計り知れないのだ。


 「経済犯罪が横行すれば納税者は居なくなるし、真面目な人は評価されなくなるし、インフラも維持できなくなります」

 景吾は答えた。

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