生き物
六月。東京都内にある動物園の門前。梅雨のはずがこの日は快晴だった。景吾が見渡すと、目印に古代生物のぬいぐるみを持った女が樹木の傍らで立っていた。潤子だ。化粧もしていなければ服装も地味だ。これがいつもの潤子なのだろう。景吾は、
「待たせましたか?」
と、尋ねた。潤子は、
「いいえ」
と、短く答える。潤子は秋田から一人で来た。両親から行き方を教わり手続きや準備を手伝ってもらったにしても、女性障害者の一人旅は楽ではなかったはずだ。しかし無表情の潤子からは疲れの色は見えない。身体に障害は無いにしても心身に負荷がかかっているはずだ。
暑い。汗もかいている。ペットボトルの茶を飲むと景吾は、
「このまま中に入りますか?それとも別の所に行きますか?」
「近くに公園が有れば良いですね」
潤子は答えると、水筒を開けて茶を飲んだ。それが終わると景吾は歩き出した。潤子は後に付いて行く。東京は潤子にとっては初めてだが、景吾は何度も来たことがある。
喫茶店やレストランの方が休めると思ったが、景吾は潤子の言う通り公園に連れて行った。ベンチが空いているのでそこに座る。潤子は目印のぬいぐるみを抱いたままだ。五歳年上のはずなのに景吾より幼く見える。化粧もせず地味な格好が更に幼くさせている。休日の初夏なので景吾も普段着を着ているが、立場と年齢相応の服装だ。
何時までも笑顔でぬいぐるみを見つめている潤子に景吾は、
「そんなにそれが好きなんですか?」
「はい。可愛いでしょう」
潤子が笑顔のまま振り返る。初めて見る表情だ。景吾は驚いた。しかし景吾が同意しなかったので無表情でぬいぐるみを鞄の中に仕舞った。景吾は、
「それ、なんていう生き物でしたっけ」
「ハルキゲニアです」
潤子が前方で鬼ごっこをしている子ども達を眺めながら答えた。
今回は景吾の母親からもう一度潤子と会わないかと誘われ、景吾も抵抗せずに約束した。西村の提案が大きかった。母親は喜び、日時と時間を指定して、SNSで目印のぬいぐるみの画像を送ってきた。景吾は不細工だと思ったが、特徴的である。先程か目の前で潤子が心底、愛でていた。
景吾は、
「時事問題以外にも動物が好きなんですね」
「いいえ。実は犬が苦手です。ハルキゲニアは可愛いけれど、現在生きていても育てたいとは思いません」
潤子が宙を睨みながら答える。ハルキゲニアのぬいぐるみは好きだけど生き物自体は好きではない。幼稚だが正直ではある。景吾は不思議な感覚を覚えた。意思疎通は出来るが偏った質問をする。一人旅は出来ても身だしなみに頓着しない。感情が乏しいのに幼く見える。潤子はチグハグだ。不快よりも不可解を景吾は感じる。




