5 湖
ホテル・ウンディーネのすぐ目の前に広がる湖は、空の水色を反射してきらめいている。
その湖の岸辺には、水の流れにより漂流物が多く集まる場所がある。
流木や枯れ葉の流れつくその場所で、ローレンツの遺体は見つかった。
「遺体の状態と発見された場所から察するに、湖を漂流し、打ち上げられたと思われます。」
警官はハドソン警部補にそう報告した。
さらに警官は、「遺体の腹部には、刺し傷がありました。」と続ける。
「遺体の衣服から、大量の出血があったことが確認できました。
ローレンツは何者かに前方から腹部を刺され死亡、その後遺体は湖に捨てられたものと見られます。」
ハドソン警部補は、「ローレンツは殺されたとどうして言い切れる。」と年上の部下の見解を否定する。
「湖に落ちて溺れたあと、流木が腹部に刺さった可能性だってあるだろう。
まだ司法解剖もしていないのに死因は特定できないだろう。」
ハドソン警部補は、依然としてジュリアス殺害の疑いをローレンツに向けている。
「ローレンツが昨夜の23時以降にジュリアスを殺害した後、逃亡を図った。
しかし足を滑らせて湖に落ち、流されている中で腹部に流木が刺さって出血した。
こういうふうにも考えられるだろう。」
けれども、警官は「お言葉ですが、その可能性は低いかと。」と気まずそうにいうのだった。
「遺体の発見を受け、我々は湖の周辺を調査しました。
そして、遺体が流れついた場所の対岸、ホテル・ウンディーネから程近い岸辺に、血痕を発見したのです。」
「血痕だと?」
目を見開くハドソン警部補に、警官は「ええ、水草に大量の血が付着していたのです。」と答えた。
「変色の様子から、血が付着してからかなり時間が経っていることが伺えます。
同じ場所に、ローレンツ氏の遺体が身につけていた衣服と同じ型のボタンが落ちていました。
血はローレンツ氏のものと見て良いかと。」
「そうか、それならローレンツはその場所で殺されたと考えるほうが自然か。」
ハドソン警部補は先ほどの自分の推理が間違っていたことを認めた。
「ローレンツが殺害されたのはいつだったのか確かめなければならないな。」
ハドソン警部補は部下に「目撃者がいないか調べてくれ。」と指示した。
「お一つよろしいでしょうか。」
それまで静かにハドソン警部補と部下の会話を聞いていたカメリアが口を開いた。
ハドソン警部補は「何かな、カメリア嬢。」と首だけで振り返った。
「ローレンツ氏の事件について調べるのでしたら、話を聞くべき方がおりますでしょう。」
「誰だね、それは。」
「ホテル・ウンディーネの支配人ですわ。」
「大変申し訳ないのですが、わたくしは何も存じ上げないのでございます。」
支配人、ヨーゼフはそう言って頭を下げる。
ハドソン警部補は、昨日ホテルを経ったローレンツの行き先を聞いていないかヨーゼフに尋ねた。
仕事のことならば支配人であるヨーゼフにローレンツが伝えているかもしれないと、カメリアが言ったのだ。
けれども、ヨーゼフは何も知らされていないと答えた。
「ローレンツ様は『急用がはいった。』とだけおっしゃられたのです。
わたくしはローレンツ様がどこへ向かわれたのか、誰とお会いになっていたのか、存じ上げないのでございます。」
「ローレンツ氏はどのくらいで戻る予定だったかも聞いていませんか。」
ハドソン警部補が聞くと、ヨーゼフは「申し訳ございません。」と再び頭を下げる。
「わたくしはてっきりすぐにお戻りになるものだとばかり思っておりましたので、お尋ねしなかったのです。
創業記念パーティーも間近に予定されておりましたし。」
カメリアの細い眉がわずかに吊り上がった。
カメリアはヨーゼフに、「ローレンツ様がご自身の予定を貴方に知らせないのはいつものことでしたの。」と聞いた。
ヨーゼフは「いいえ、そのようなことは。」と首を振る。
「ローレンツ様は連絡を怠らない方です。
ホテルで何かあった時にすぐにローレンツ様に知らせられるように、ご自身がどこに居られるのか知らせてくださっていました。
このようなことは滅多にございませんでした。」
ヨーゼフは、「わたくしはローレンツ様はお屋敷の方で緊急のご用事があったのだと思い込んでしまっていたのです。」と言う。
「ローレンツ様が出かけられてから、午後に奥様が来られましたから。
奥様がホテルにお泊りになられたのも初めてのことでしたので。」
ヨーゼフは「お力になれず心苦しいです。」と言うが、カメリアは「そんなことはございませんわ。」と微笑むのだった。
「ヨーゼフ様、貴方のおかげで私はこの事件の全容を掴むことができましたのよ。」




