3 水の精
「ジュリアスは、派手な見た目に反して案外真面目な男だった。」
そう語るのは、2週間ほど前からホテルに滞在している老紳士、ホフマン男爵だ。
「酒に弱いらしくあまり飲まないようだったし、喉に悪いからと煙草もしないらしかった。
そんな男だったから、オーナーのローレンツにも気に入られたんだろう。」
ホフマン男爵はホテル滞在中、ラウンジで紅茶を飲んでいたときにジュリアスと出会ったのだという。
貴族のホフマン男爵と歌手のジュリアス、身分も年齢も違う二人だが、意外なことに会話が弾んだ。
その後も挨拶を交わす仲になった。
「女遊びもしないと言っていたな。
彼は話が上手いし、女性にもてるだろうと私は言ったのだがね。」
「こう見えておれは恋人に一筋なのさ。」とジュリアスは答えたのだという。
「私はジュリアスに、その恋人とはどんな人なんだと聞いてみたが、彼は恥ずかしがって教えてくれなんだ。
そんな様子だから、その恋人との関係も上手くいっているものだと思っていたのだがなぁ。」
ホフマン男爵は、ジュリアスは誰かから恨まれるような人物ではないように思えたという。
事件当日についても、ホフマン男爵はジュリアスが誰かと揉め事を起こすような場面は見ていないと証言した。
「最も私の部屋は最上階だから、夜中に何かあったかどうかはわからないのだがな。
吹き抜けになっている廊下で物音がしたならともかく、部屋の中でのことは知り得ないさ。」
このホテルは客室前の廊下が吹き抜けになっていて、ロビーからは4階までの吹き抜けが見渡せる開放的な作りだ。
廊下で声がしたなら響くだろうが、2階のジュリアスの部屋の中での音に4階にいるホフマン男爵が気づかなくともおかしくない。
「あの若者が、こんな目に遭わなければならなかった理由が私にはわからない。
だからカメリア嬢を呼んだのだ。」
探偵カメリアに依頼をしたのは、ホフマン男爵なのだ。
ホフマン男爵の言葉に、カメリアは「ご期待にお応えできるよう尽くしますわ。」と微笑んだ。
「私は探し求めずにはいられないのですから。
命が奪われるような事件が起こってしまった、その理由を。」
カメリアを守る仕事を担う私は、一番近くで彼女を見ている。
だから私は、カメリアが殺人事件を楽しむ悪女などではなく、繊細な少女なのだと知っている。
不条理を受け入れてたくないから、彼女は真相を明らかにしようともがくのだ。
「我々警察に任せていただいてもよかったものを。」
ハドソン警部補が不満げに言った。
それを聞いたホフマン男爵は「気を悪くしないでくれ、我が国の警察が優秀なのは知っている。」と弁明する。
「しかしだね、もしも犯人がウンディーネだったら警察は逮捕できないだろう。」
「ウンディーネ?
まさか、水の精霊が犯人だと貴方はそう思っているのですか。」
ハドソン警部補は信じられないという顔をした。
ホフマン男爵は「この地には古くからウンディーネの伝説が伝わっているのだ。」と至極真剣に言うのだった。
「ウンディーネは人間と婚姻を結ぶと、湖から陸上にあがって生活をする。
だが、夫が水の近くでウンディーネを侮辱すると、彼女は水の中に帰ってしまうんだ。」
ホフマン男爵は、「ウンディーネが水に帰っても、夫婦の契りは有効なのだ。」と続ける。
「もしも夫がウンディーネを裏切ることがあれば、ウンディーネは彼を殺さなければならなくなる。」
「ジュリアスはウンディーネを裏切ったために殺されたと、貴方は考えておられるのですか。」
カメリアの問いかけに、ホフマン男爵は頷く。
「ウンディーネは伝説でしょう。」とハドソン警部補は言うが、ホフマン男爵は譲らない。
「ジュリアスは密室の中で殺されたのだろう。
ウンディーネならば、人間には解明できぬような密室をつくることなど容易いと思わないか。」




