テレレーゼ・テルメへの帰還
翌朝、私はサラと一緒にリュミエールさん達の宿に向かった。クレオパトラとシャスタさんは、王都をもう少し見物してから帰るというので、暗くならないうちに家に戻るように言っておいた。昨日のこともあったので、通常は我が家を守っている空中基地を王都と我が家の中間地点まで移動させて、クレオパトラとシャスタさんも守護対象とするようヘルメスに指示した。この空中基地は地上20kmに位置しており、視野角45度の範囲で監視とレーザー攻撃を行えるため、少し移動させることで家とクレオパトラたちの両方をカバーすることができるのである。
リュミエールさんの宿に着くと、私はリュミエールさんの名前を使った呼び出しの手紙と、昨夜の襲撃のことを説明した。
「これがその手紙よ。リュミエールさんの名前が使われていたから、貴方たちに関係している人が書いた可能性もあるかもしれないと思って持ってきたの。見てくださる?」
すると、家令のティベリオさんが、その手紙を手に取って紙の質を試すように表面を撫でながら言った。
「この便箋、ファルファレッテ家が使っているものかもしれませんね。紙の質が一般に売られているものに比べてきめ細かいでしょう?旦那様が書き味にこだわられて、少々高価でも、こういった質のものを購入されてます。」
「ほんとだわ。確かにウチで使っている紙は、一般出回っているものとは違ってこんな感じです。特定の業者からでないと入手できません。」
「そうなの?筆跡はどうかしら。見覚えありません?わざと崩して書いてある可能性はあるけれど、先頭のこの文字なんか、跳ね方が独特な気がするの。」
私が尋ねると、ティベリオさんが答えた。
「この文字の特徴は、ラウル様が持ってくる契約書の文字を思い出させますね。確信を持って言うことはできないのですが。」
「そうねぇ…お父様に付いて教わっている領地経営の勉強で見たラウル様の書類の文字が似ているようには思うのだけれど。でも、私も確信は持てないです。」
「ちょっと似てはいるけれど確信は持てないっていうことか。そのラウル様っていう人はどういう人なの?」
「うちの薬草の輸送・流通に携わっている隣国の貴族です。お父様に薬草酒やお薬を持って来るのも彼です。」
私は、酒場で叩きのめした三人が言っていたことを思い出していた。彼らは、ある貴族の娘と結婚した後、その娘が亡くなったことにして当主となり、その家を乗っ取るというようなことを言っていたはずだ。おまけに、亡くなったことにした娘は、自分たちで楽しんだ後、外国に売り飛ばすのだとか。全く下衆な連中だ。思い出すと改めて腹が立って来る。そうだ。そういえば、彼らの一人は仲間からラウルと呼ばれていたように思う。
「リュミエールさん。そのラウル様は、もしかしたら貴女と婚約を?」
「いいえ。でも、ラウル様は私との婚約を望まれていらっしゃいます。私としてはお断りしたいのですが、お父様が乗り気で…今は、婚約に関する国からの許可を待っている状態なのですが、いずれ許可は下りるでしょう。ファルファレッテ家の家格はそう高くもないので、外国の貴族と関係ができても問題にはなりませんから。」
なるほど、ラウルたちの狙いはファルファレッテ家ということだ。そして。私を襲撃したのも、おそらくはラウルたちの仕業に違いない。
「リュミエールさん。その婚約、貴女が乗り気でないのなら、国からの許可が得られたとしても、できるだけ返事を引き延ばしなさい。色々と気になる情報があるから、できるだけ調べてみたいの。特にお父様の薬のことについては、知っておきたいでしょ?
「わかりました。でも.どうして私のために?」
「貴女のためでもあるけど、私の満足のためという方が、比重は大きいかもしれないわ。私には、そのラウルっていう人がどうにも胡散臭く感じるの。もしかしたらとんでもない下衆じゃないかって疑ってる。そして私は、下衆には容赦しない。確証を得たら、私と無関係であっても叩き潰す。ごめんなさいね。婚約者になるかもしれない人を酷く言ってしまって。でも、そう言ってしまうほど、私にはそのラウルって人が危険だと思えるわ。」
「まぁ…下衆の可能性はありますね。お父様は気に入っているようですけど、私はどうにも馴染めない。きっとその胡散臭さを肌で感じているんだと思います。ところで、帰郷した時にルナさんを父に紹介することになると思いますが、どういう段取り話を繋げばいいですかね?」
「そうねぇ…私とサラはテレーゼ・テルメまで同行するけど、先ずは宿を確保することにするわ。一旦そこで別れましょう。申し訳ないけど、良さそうな宿があったら教えてくださる?」
「そんな…ウチに泊まってくださいよ。」
「私たちは、貴族でもないし、貴女のお家とは一度も関係を持ったことがない。それに今回の帰郷は急だったから先触れもできてない。そんな関係性で、いきなり貴女のところに泊まろうというのは、きっと印象を悪くすると思うの。だから、リュミエールさんは、先ずは商工会の懇親会がどんなだったかをお父様に報告して。その中で天候予測に関する契約の話をしつつ、私と仲良くなって色々話をするうちに、私がお父様の病状に関する専門知識を持っていることがわかったと言って。そうすればきっと興味を持って貰えるはずから、直接会って話を聞いてみてはどうかと勧めてちょうだい。その後は私が引き取ります。」
「確かに印象を悪くする要素は避けなければなりませんね。お父様がルナさんのお家で療養することに同意してくれないと困りますから。でも…本当に説得できるでしょうか。」
「療養を拒絶する可能性はあると思う。その時は、お父様の言い分をよく聞いて説得に努めるわ。見た目が若い私が言っても、あまり響かないかもしれないしね。どうしても無理そうなら、教会の権威を借りてでも私の家に来てもらうようにするわ。その時は、サラ、頼むわよ。」
「わかりました。任せておいてください。大司教のソフィア様からの口添えや、なんなら教皇様にお言葉をいただくこともできますから。」
「教皇様!さすが特別枢機卿ね。」
「それでもダメな場合は、女神様の怒りで火山が噴火するとか。」
「それはヤメテ!」
情報交換と打ち合わせを終えた私たちは、テレーゼ・テルメに向けて出発した。サラはリュミエールさんと一緒に馬車に乗って、一緒におしゃべりをしながら行くとのこと。リュミエールさんは半端なく美しいから、サラならきっとそう言うと思った。一方私は、馬車には乗らず馬を借りて護衛に加わることにした。急な出立だったため、腕利きの護衛が雇えなかったので、補強のつもりだ。
途中一泊を挟んだ翌々日の夕刻、私たちはテレーゼ・テルメに到着した。私とサラは、ティベリオさんが紹介してくれた宿に入り、食事とお酒で寛ぐことができた。
「テレーゼ・テルメ。話には聞いていたけど、水の豊かそうな、良い土地のようね。食べ物もお酒も美味しいわ。」
「ほんとに。ここに別荘があったらとても素敵でしょう。夏でもきっと涼しいですよ。私の感じだと、山の方には温泉が湧いているんじゃないかと思います。」
「サラが言うなら、きっとそうね。一段落ついたら、実地に調査してみましょう。もし良いところが見つかったら、そこに別荘を建てましょう。とりあえず、ヘルメスに情報をとりまとめさせるわね。」
私はそう言うとすぐに、ヘルメスに、テレーゼ・テルメ半径10km以内で地温上昇が観測されている地点を10箇所ほどピックアップするよう依頼した。地温が上昇しているところは、温泉の湧出があるかもしれないと考えたからである。
一方、領主館に向かったリュミエールとティベリオは、領主館のエントランスでエルラドや使用人たちの盛大な歓迎を受けた。そして、旅装を解き、土産物などの整理をした後で、エルラドの執務室へと向かい、王都滞在に関する報告を行なった。
「お父様、戻りました。体調はいかがですか?」
「リュミエール、おかえり。お前たちが無事に帰ってきて嬉しいよ。私の体調は、お前たちが出立したころとそう変わりはないな。さあ、王都での話を聞かせてくれ。ジュゼッペたちば元気だったか?」
「お父様の病状が悪くなってなくて一安心しました。それだけは、本当に気掛かりでしたから。ジュゼッペおじ様とルフィオさんは、とてもお元気そうでした。今でも私にはとてもよくしてくださって、懇親会では、私を色々な商会の方に紹介してくださいました。」
リュミエールは、商工会で知り合った、食品関係、衣料関係、建築・土木関係、運輸関係、農業関係など、領地経営に関わる様々な人々との交流について、メモを見ながらエルラドに報告した。また、薬草関係の関係先への挨拶回りについては、ティベリオがとても効率的に動いてくれたことを報告し、ティベリオに対しては感謝の気持ちを伝えた。
エルラドは、リュミエールがしっかりした報告をしつつ、部下にも労いの気持ちを表したことにとても満足して、顔を綻ばせたのだった。
「リュミエール、ティベリオ。改めて、王都への出張ご苦労だった。お前たちがしっかりと我が領のためになる仕事をしてくれて嬉しいよ。どうやらジュゼッペに私からも礼状を出しておこう。ところでリュミエール。例の若い女性二人組の商会については、どうだった?」
「はい。お二人はルナさんとサラさんとおっしゃるんですが…王都に到着してすぐ、彼女たちがやったことを、ジュゼッペおじ様たちから色々と教えてもらったんです。でも、私にはそれが到底信じられないようなことばかりで、とても胡散臭いと思いました。でも実際に会ってお話をしてみるととても感じの良い方たちでしたし、懇親会には、ルナさんに助けられたという女の子も一緒に来てましたから、信じられないと思ったエピソードの一つが本当であることもわかりました。また、私が考えていた天候の予測については、できることの限界をよくわきまえていて、相当自信があるようでした。そういったことから、私は彼女たちを信用することにして、来月から1ヶ月単位の契約で、日々の天候予測を月5万ルークで契約することにしました。」
「ほう。なるほどな。私も噂にはかなり尾鰭が付いていると思っていたのだが、お前は信用できると判断したわけか。自分なりの判断を持つのは良いことだと思う。今回は外れたとしても勉強になるしな。天候予測の契約については、金額が安いから試すのは良いだろう。だが当てずっぽうで予測したとしても8割方は当たるんだ。それよりも高い確率でないとな。」
「船の航路提言では実績があるので、そこはあまり心配していません。でも、1〜2ヶ月試してみて信頼性が低いと判断した場合は契約を更新せずにおきますよ。それよりも…」
「なんだい、言ってみなさい。」
「お父様の病状を改善できないかと思って、ジュゼッペおじ様に聞いたりして、王都で評判の良いお医者様を何人かあたってみたんです。でも残念なことに、どのお医者様も、症状が出てみないと判断できないのことでした。テレーゼ・テルメに滞在して病状を観察していただけないか伺ったのですが、王都を空けるわけにはいなかいとのことで、それも叶いませんでした。そんな折、仲良くなったルナさんたちにお父様のことを話すことがあったんです。病状を話したら心あたりがあるとのことで、病状の改善にも力になってくれるとのことでした。ですから、一度話を聞いてみてはと思うのですが…。」
「色々動いてくれたんだな。ありがとう。嬉しいよ。だがルナさんは、お医者様でもないのに、どうしてそのような知識があるんだい?」
「はい。彼女はこれまでに多くの国々を旅してきて、色々と経験を積まれたんだそうです。まだ若そうなので、実際どれほどのご経験があるのかはわかりませんが、話を聞くのは悪いことではないと思います。実は私、ルナさんにお願いして、このテレーゼ・テルメに来て貰っているんです。今は、街の宿屋に宿泊されているので、すぐに会うことも可能です。」
エルラドは、リュミエールの勧めを受け入れ、翌日の昼過ぎ14時に、この領主館で会うことにしたのだった。




