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15話:弧月の剣閃

「敵、追う、壊」


 見ている前で首が曲げられ、竜の頭は僕達を捉えようとする。

 だからこそ逆側へ回り込む形で動き、竜頭の真後ろを取った。

 すかさずミナトを突き出し、土で固められた首裏へ深く蒼刃を刺し貫く。更に両腕で斬り上げながら地を蹴り、重化魔法を詠唱。


「極点の重みを此の身に掛けん!」


 両脚に不可視の重みを纏わせ、垂直に聳える竜の首へと着地した。

 先まで立っていた地面を背中にし、正面へ見えるのは彼方の夜空。

 魔法で身に掛かる重荷を操作して、僕はアースドラゴンの首に立っている。傍から見れば重力に逆らっているような光景だろう。


「ウオオオォォッ!」


 突き立てたミナトを抉り押し、足元の土塊を断ちながら走り出す。

 竜の首を駆け上がり、握る刃で同時に斬駆。進むに合わせて力の限り剣を引き往き、通り過ぎた全てを裂傷に変えていく。

 ただの一度も足を止めない。前だけを見据えてひたすら走り、ひたすら斬り裂く。

 苦しげに足場がうねくるが、重魔に足を乗させて離れはしない。踏んで蹴って押し上げて、斬撃みまわせ全速疾走。

 血飛沫こそ噴かないが、断ち割った竜首は大きな傷口を覗かせた。

 強度自体は増しているものの、構成素材は土の域を出ていない。竜鱗も生え揃わず、不完全なドラゴンなら十分に攻められる。

 ミナトの斬撃を喰らわせながら走りに奔り、竜頭の曲がり節まで一気に至った。最後の一歩で垂直駆けを終わらせて、遂に土塊の頂上点へ到着する。

 断つべき対象を抜け果たし、ミナトも夜気舞う空へと刃を晒す。直下に聳える竜首を見れば、剣の道筋分が見事にザックリと切り開かれている。


「敵、上、憎」


 それでもアースドラゴンは動いていた。

 頭をねじくりながら起こし立て、緩慢な動作ではあっても僕達を追ってくる。

 未完成の体だったとしても、ドラゴンならではの超絶的な生命力はその片鱗を覗かせる。


『これだけやっても、まだ倒れないなんて』

「生半可な攻撃じゃ埒が明かないか。最大の魔力を込めた一撃で勝負しよう」


 アースドラゴンのしぶとさに驚くミナトの意識へ伝え、僕は重化魔法を解除した。

 持てる魔力を体内で練り上げて、両腕から精霊剣全体へと流し込む。

 普段は自然に循環している魔力の動きへ意識を広げ、少しずつ出力を上げながら一点へと向かわせて。

 今こうしている間にも足場は不安定に揺れ動き、連なる竜頭は望む位置を得るべく昇ってきた。

 悠長にしている時間はない。魔力の昂ぶりを十然に導いた状態で、土首の足場を蹴って跳躍する。

 ドラゴンから離れた、より高い位置へと達したところで、ミナトを大上段に振り被る。


『竜よ』

「眠れぇッ!」


 竜頭を見下ろし、腕ごとに愛剣を振り下ろした。

 こちらを捉えた土気色の双眼と目が合い、大顎が徐々に開かれていくところまで確認できる。

 だがアースドラゴンがブレスを吐き出すより速く、僕の全魔力を集約させたミナトの剣閃が飛んだ。

 蒼い刀身が最高速度の斬撃で夜空を裂き、弧月の軌跡がそのまま巨大な魔刃となって放たれる。

 上空から下方へ向けて急降下する斬魔の一閃。吹き渡る夜風を音もなく切り裂いて、瞬時に対象との距離を詰めた。

 地竜口内に大地の力が集うのと同時、迅雷猛速の衝斬が首を断つ。

 禁呪法で集まり固められた土塊は易々と両断され、ドラゴンの頭を首との繋がりを物理的に破壊した。

 竜頭と大地の接点が消えた直後、そそり立っていた首側は統制を失い、ただの土に戻って瓦解する。粉々に砕けて崩れ落ち、アースドラゴンの一部だった名残も立ち消えた。

 そして竜の頭も、開かれた口の中に溜まりつつあった大地の力は霧散している。ブレスは吐かれる前に封じられた。

 二つの眼部からは生命の光が消え、もはや脅威は感じない。


『終わったの?』

「ああ。今回の創造で発狂オオカミの撒いた魔力も使い切られた。もうドラゴンは造れないよ」


 勝利を得て、僕達も大地へと落ちていく。

 療養途中とはいえ、体の調子は随分と戻ってきた。高度はあるけど、このぐらいなら無理なく着地できるだろう。

 思った以上に長い夜となってしまった。夜明けまで様子を見てから、ジューローさんと、ジナイさんに報告をしよう。


「見事なものだ」


 今後のことを考えていた矢先、聞き覚えのある声が耳を突いた。

 即座に視線を横に移すと、僕達より下に位置していた筈の竜頭が、すぐ真横に浮いている。

 そこにはもう何の力も残っていない。土を固めて作っただけの物体だ。

 けれど口部分が開かれたまま、内側に亀裂が走っている。

 見る間に空間自体が左右へ引き裂け、暗色の空間が奥間に覗く。次いで赤く光る単眼が、その中へ現れた。


「お前は!?」

「不完全とはいえ禁呪法からなるドラゴン一首を、戦牙族と精霊族のみで討ち果たすとは。貴様らを過小評価していたようだ」


 元凶である赤い目玉が、朽ちた竜口から僕達を見ている。

 不気味で威圧的な魔力が穴から吹き届き、声を発す度に肌から焼くようだ。


「魔王親衛隊など名ばかりの飾り物かと思っていたが、中々どうして大したものよ。その点は評価を改めよう」

「親衛隊のことを知っているなら、魔族領中央に縁を持つ者か。本当の姿を見せろ、何が目的なのかも話せ!」

「竜殺しを成して増長したか、それとも虚勢か。だが、この一手も面白い。あるいは貴様も――」

「なに?」

「いいだろう。貴様の望み、叶えてやる」


 赤い目玉の一声を受け、全身に寒気が走った。

 本能が警鐘を鳴らす。

 何がどうかは分からない。けれど危険だと、早く逃げろと訴えかける。


「くっ!」


 全ての魔力を放出した後で、しかも今は空中。落ちる任せる以外、僕自身に出来ることは殆どない。

 けれど彼女だけは逃がすことができる。

 僕は最後の力で右腕を振り、ミナトを可能な限り遠方へと投げ放った。


『フユ、だめぇぇ!!』


 ミナトの悲痛な叫びが意識へ響く。

 全力で投擲した蒼い刃は高速で飛んでいき、すぐに闇の中で見えなくなった。

 ほんの僅かに安堵して、しかしすぐ、僕の全身を冷めきった怖気が掻き乱す。

 赤い目玉が覗く空間の亀裂から、赤黒い大量の触手が生え出してきていた。

 物質的な存在ではなく、濃縮された魔力の集まりが、触手状に視覚化されているもの。それが穴とを隔てる境界面より越えて伸び、僕の腕に、脚に、胸に、腰に、首に、体中に絡みつき覆っていく。

 一呼吸する間に自由を奪われ、僕は赤い目玉の待つ穴の中へと、有無を言わさず引き摺り込まれた。

 爛々と輝く燃える眼光が急速に近付く途上で、突然すべてが暗く――

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