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13話:赤き単眼

「このような僻地に、よもや我が傀儡を破る戦士がいようとはな」


 空間に開いた穴の奥、赤く巨大な単眼から声が聞こえた。

 起伏こそないが、体の芯を捉えて震わす圧がある。

 気を抜けば、破力に負けて後退りしてしまいそうだ。


「その口ぶり、お前が発狂オオカミを操っていたのか?」


 生唾を飲み下し、体に力を込める。

 この場で屈してはいけない。

 自分自身に喝を入れ、出来るだけ不遜に聞こえるよう、目玉に向かって言い放った。

 何食わぬ顔と、挑戦的な目付きを意識して。

 喧嘩はナメられたら終わり。相手の得体が知れなかったり、自分より強いと本能的に理解してもハッタリを利かせ、けして弱味を見せるな。オーダン師匠の教えだ。


「答えろ!」

「確かに、獣の傀儡は我が手勢。ならばどうだという」

「何が目的だ。辺境の畑を荒らして、お前に何の得がある」

「得るものなどない。これは単なる実験にすぎぬ」

「なんだって?」

「邪魔が入らぬのならば場所など何処でもいい。目標も同様。傀儡を放った地の一つが、其処だっただけのこと。狙いなど元よりない」


 赤い目玉から送られてくる響きには、嘆きも悔しさもまったく感じられなかった。

 巧妙に取り繕っているのか。それとも本当に大した関心などないのか。現状では判別できない。

 ただ逃れ難い迫力だけは、揺らぐことなく叩き付けられる。


「実験と言ったな。それは支配魔法のか? 発狂オオカミに術を掛け、上手く操れるか試していたのか?」

「我が事を邪魔立てした礼だ。知りたいのならば、味わわせてやろう」


 僕の問いに対して、謎の目玉が新たに動いた。

 瞳孔が素早く細まり、漂う魔力の質が明らかに変化する。

 意識の慮外に置いていた発狂オオカミの亡骸、その中に留まっていた魔力が激しく漏れ出す。流れた多量の魔力は何もない大地の上に集まり、渦巻き、地面へと沈んでいった。

 何か魔法を仕掛けたと分かる。けれど効果は不明。更に警戒を強め、周囲の気配を探る。


「本来ならば、より多く汚染してから使いたいのだがな。今後も貴様に邪魔される可能性があるのならば、此処は打ち止めとしよう。進捗具合を調べるには、丁度よい」


 笑うでも呆れるでも怒るでもなく、赤い目玉の重苦しい声が届いた。

 それだけを告げると、開いていた空間の亀裂が逆再生のように絞られ、繋ぎ合わされ、何事もなかったが如く消滅する。

 最初と同じ風景に戻り、ゲートを思わせる穴は閉じた。あの目玉も僕達の視界から消え、夜闇の静寂が戻ってくる。

 一つだけ目玉の出現前と違うのは、足元の大地が微かに震えていること。


『なんだったの、今のは?』

「僕にも分からない。ただ発狂オオカミの襲撃が作為的なものだったことは確定した。それにこの揺れ、最後の言葉と合わせて考えれば、まだ何か起こりそうだ」


 ミナトと話しながら気付けば、額に脂汗が滲んでいた。

 赤い目玉との対峙で、極度の緊張状態に陥っていたらしい。

 ずっと感じていた重圧は、初めて魔王様に謁見した時を思い出す。圧倒的な強者が纏う存在感へ中てられた時と。

 違うのは魔王様が静かで落ち着いた波だったのに対し、あの目玉は息苦しく禍々しい。


『フユ、地面が!』


 ミナトの声に振り返ると、背後の大地が隆起を始める。

 地盤が割れ、土の塊が急激に迫り上がり、僕の身の丈を越えて尚高く上昇した。

 瞬く間に6メートルほどは伸び上がった土塊が、今度は頂上部から湾曲し、出来損ないのアーチ状へ動変していく。加えて先端の土が盛り上がり、削がれ、移動し、意味ある造形へと整えられる。

 僕達の見ている前で、土塊は引き裂けた口部を作り、その中に並ぶ牙を作り、厳つく面長の頭部を作った。荒々しい爬虫類の形相。それでいて王者の風格さえ感じさせる威貌の型は、土を用いた精巧なドラゴンの頭となる。

 全体を俯瞰して見れば、四肢も胴体もないが、ドラゴンの首だけが大地から生えているような形状だ。


『アースドラゴン!?』

「……そういうことか」


 土から生まれた竜頭を仰ぎ、赤目玉の仕掛けたものが分かった。

 あれは禁呪法に指定されている竜創造の超高等魔法『ビカム・ドラゴニック』だ。

 昔、ルーインから話だけは聞いたことがある。


『ドラゴンを召喚するなんて』

「召喚したんじゃないよ、造ったんだ。禁呪法を使ってね」

『禁呪法? 信じられない。初代魔王様が使用を禁じて封印した筈』


 ミナトが疑うのも当然だろう。僕だって同じ気持ちだ。

 かつて魔族領の覇権を巡り、多種多様な魔族が相争う動乱の時代があった。敵を降し、己の武を示す手段として、数多くの強力な魔法が生み出され、最終的に幾つかの災厄級魔法が誕生する。それらは桁外れの威力を誇っていたけれど、敵も使用者も諸共に飲み込んで壊し尽くす、危険すぎる魔法だった。

 混迷する魔族を束ね上げ、戦乱を終わらせた初代魔王様は、使い方を誤れば魔族そのものを滅ぼしかねない災厄級魔法を禁呪法と定め、誰も触れられないよう厳重に封印した。

 禁呪法の所在は歴代魔王と、その最側近である魔王四天王のみが知る秘伝となっている。

 ルーインは師である魔導卿フィルゼの研究室に忍び込み、禁呪法に関する覚え書きを盗み見たことがあるらしい。

 酔った拍子に口を滑らせていたけれど、あの時は冗談だと思っていた。でもルーインが語った内容と、今の状況を照らし合わせると、見事に合致してしまう。

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