12話:覗くもの
僕は立ち上がり、大地に晒されるオオカミの屍を見回した。
一匹は爆散して消滅してしまったので確認しようがないけれど、残っている三つの遺骸はどれもが同程度の魔力を残している。
生物は生きている限り、自ら一定量の魔力を生み出し体内に循環させる。血液と同じように。
違う点を挙げるとすれば、血液は目に見えるが、魔力は活性化させないままだと無味無臭無形で見ることはできない。ただし魔法として使わず魔力のまま反応させると、淡い燐光として視覚化される。
血液が生物の肉体を突き破り溢れ出すほど生成されないように、魔力も生物ごとの許容量分までしか生成されない。個体によって許容量の最大値は差があるものの、この生体機能は動物も植物も人族も魔族も同じ。
野生動物の魔力許容量は、平均的な魔族と比べて4分の1以下だ。
それに加えて死亡した生物からは、魔力が次第に抜け落ちて霧消していく。魔力の生成は止まり、現存する魔力も長くは遺体に留まらない。
これだけの前提条件に反して、倒れている発狂オオカミの亡骸には、人族の魔導師に匹敵するほどの魔力が感じられた。明らかに過剰な量だ。
「自然発生的に高魔力個体が複数生まれ、多すぎる魔力に自制が利かなくなっていたと仮定して。何故わざわざ魔領大根を狙うんだ? 魔力が多すぎて行動が覚束ないのに、豊富な魔力が宿る魔領大根を求めるのは理屈に合わない」
『言われてみれば。魔力も特に使っている様子がない』
「ここまで異常が並ぶなら、この発狂オオカミ達は偶然の産物なんかじゃなく、何者かによって意図的に魔力を植え付けられたと考える方が自然だね。一番可能性としてありそうなのは、支配・操作系魔法を使われている場合か」
他者の精神や肉体に干渉し、本人の意思を無視して行動権を奪い制御する魔法は、炎や氷といった事象操作よりも難易度が高い。一般的に高位魔法と呼ばれる。
魔力を変性して任意に小規模な現象を作るのではなく、魔力を対象の精神肉体に潜り込ませて掌握する必要があるため、何段階もの精密な操作が不可欠となるからだ。そもそも他者を操るなら長期的に魔力を送り続けねばならず、支配中は常に魔法の発動状態を維持することとなる。求められる魔力の絶対量は膨大なものとなり、並みの魔族では到底賄えない。
この発狂オオカミ達に残された魔力は、支配魔法の触媒として操作主から注がれたモノとも考えられる。外から強制的に流し込まれた魔力を以って心身が奪われ、与えられた命令を諾々とこなすだけの操り人形にされていた。
自我を封じ野性味も削がれていたとすれば、行動の不可解さにも納得はいく。ただし今度は、それほど手間と労力の掛かる魔法を使ってまで何故オオカミを操り、何故辺境集落の大根畑を襲わせたのか。その理由が分からなくなる。
「なんにせよ、これで解決かどうかは分からない。他にも同様の状態となっている発狂オオカミがいるかもしれないからね。それらが存在した場合、再度襲撃を企てる可能性も否定できない」
『今夜はもう少し監視しておく?』
「そうしようと思う。ミナトは明日も食堂があるだろ、もういいからキミだけでも帰って――」
言い終わる前に、不穏な気配を察知した。
突然空気がヒリつき、重々しく張り詰める。
全身の神経を逆撫でされたような不快感が湧き起こり、背筋へと怖気が走る。
『なに、これ。気持ち悪い』
剣の姿になっているミナトも、僕と同じものを感じているようだ。
戸惑いと不安の混ざった声が頭に響く。
武器化している精霊族は、外からの衝撃や寒暖といった感覚を遮蔽して、一切感じなくなる。これにより精霊武器が他の武具と激突しても、本人へ熱や痛みは届かない。
しかしそれでも影響を与えてしまう要素はある。通常では考えられないほど濃密な魔力。その波動に浸された領域は、武器化した精霊族にさえ浸透してしまう。尤も、そんな状況は早々発生するものじゃない。普通なら。
それが今まさに起こっているのだから、異常事態だ。
「来る!」
突如として周辺を満たした不明の魔力が、一際強く跳ねた。
瞬間、僕達から幾許か離れた正面空間に亀裂が走る。
途中に物体など何もない、ただの風景。その一点へ縦に傷が生まれ、音もなく罅割れが伝う。更に亀裂は左右へと緩やかに開き、不自然且つ奇妙な穴が、空間上へ穿たれた。
穴の向こうは暗色で何も見えない。別の場所へと通じているようだ。僕一人なら屈まずに入ってしまえる程度はあり、それなりに大きい。
別の場所へと瞬時に移動する転移魔法の中には、異なる二点間を繋ぐ跳躍用空間断裂『ゲート』を介するものもあると聞く。ここに開いたものが、それなのかもしれない。
『フユ、どうするの』
「このタイミングで魔力による干渉がくるなんて、発狂オオカミに関係あるとしか思えないな。あの穴の先に仕掛け人がいる可能性は高い」
『突っ込む?』
「正体も目的も不明の相手だ、不用意に向こうの土俵に上がるのは得策じゃないね。もう少し様子を見よう」
警戒感を最大限に含んだミナトの声へ応じている最中。空間上に開いた穴の中心に、赤い光が灯った。
いや、正確には赤く輝く目玉が覗いている。
僕の半身ほどはあろうという単眼。縦に裂けた瞳孔が収縮と膨張を繰り返し、穴の向こう側から僕達を見ていた。
重苦しい魔力が手足に纏わりつき、緊張が全身を痺れさせる。
冷たい汗が頬を滑り落ち、奥歯を噛み締めていないと、指先が震えだしそうだ。
生々しい威圧感が、奇怪な目玉から流れ出ている。




