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11話:オオカミバトル

 僕が精霊剣を握るのと殆ど同時に、発狂オオカミの一匹が飛び掛かってきた。

 助走を挟まず跳躍し、大きく口を開けて襲い来る。

 居並ぶ鋭利な牙が殺意を乗せて、素早く真っ直ぐに距離を詰めた。

 咄嗟に左腕を寝かせ、斬り上げを交えて横へ薙ぐ。握るミナトの蒼い刃が滑ると共に、接近する開口を正確に捉えた。

 上下の牙列に刀身が挟み込まれ、発狂オオカミの進行力を受け止める。それ以上に近付くことを物理的に妨げ、獣の体が空中で一瞬だけ停止した。


「凍える鋭槍、白靄の儚さに捕らえる獄となれ」


 氷結の魔法を唱え導くと、空いている右手に冷気が躍る。

 急激に下がっていく一点の気温を束ね、僕は右手を眼前のオオカミ横腹へ叩き付けた。

 直後に収束された冷気が凝結して突出し、掌から奔って獣の胴体を貫通する。更に敵体へ通った氷芯が枝分かれしつつ成長し、対象の体を食い破って氷の塊が溢れ出た。

 体の内部から氷槍に串刺しとされ、ミナトに噛み付く発狂オオカミの口部は力を失くす。生命の灯まで凍り付き、このオオカミはずるりと地面の上へ落ちる。


『フユ、次が来る』

「ああ!」


 頭の中へ直接届くミナトの警告。

 これへ応じ、すかさず剣柄を両手で握り、頭上へと振り被った。

 間髪入れず、後続の発狂オオカミが襲い掛かってくる。こちらは走ってからの加速を加えた飛び掛かり。

 真正面から一気に迫る獣へ向け、僕も両腕諸共にミナトを振り下ろした。

 長く厚い刀身は敵の到達より一瞬早く攻域へ達し、腕力と切断力、それに相手の跳躍突進が噛み合って音さえも斬る一閃となる。

 敵の勢いも利用した斬撃は、狼頭の頂きからすんなりと入り、一切の抵抗を力尽くで裂き進んだ。蒼の刃が灰毛を左右へ割り、接する皮膚筋肉を両断して、内骨も裂斬。切断面から迸る赤黒い鮮血さえも剣圧で吹き散らし、踏み込みへ乗せた力のまま一息に下らす。

 ミナトは情け容赦なく疾走し、直撃した発狂オオカミの体を左右へと斬り開いた。中心から分断されたオオカミは、僕を基点として別方向へ分かれて飛び、両方同時に地面へ落ちる。

 露出した断面部から遅れて臓物が零れ落ち、乱れた腸や肺胞が体液へ濡れながら外気にのたうつ。


『次』


 ミナトの声を脳裏に受けて、全身の神経が外敵の接近を捕捉した。

 続けざまに三匹目の発狂オオカミが僕へ駆け寄り、最大加速で跳び上がる。

 爪と牙を剥き出して間近に迫ったオオカミへ対し、考えるよりも先に左腕が動いた。戦場経験で染み付いた、生き残るための対応反射。

 握り持つミナトを横合いから刺し込み、獣の体を蒼刃が貫く。剣が敵の運動力を塞き止め、空中で封じたため爪牙が届くことはない。


「爆炎よ伝い踊り、其の敵を打ち払え」


 再び右手に魔力を集め、魔法の詠唱を被せる。

 収束した魔力が強熱へ変じて回り跳ねるのを掴み、ミナトの刃根元へと叩き付けた。

 生まれた炎は刀身へと乗り移ると、刃自体を道筋として直走り、突き刺さっている発狂オオカミの体内へと滑り込む。

 炎の双線が剣体を駆けてオオカミの中へ消えた後、そこで一気に燃え盛り、膨張し、炸裂した。獣の体が一時膨らんだかと思えば、目鼻口から爆炎が吐き出され、全身が爆発して粉々に砕け散る。

 オオカミを弾いて現出した荒ぶる爆炎が四方へ舞い、耐えられなかった側は肉片、臓物、血液の一滴すらも燃え尽きて消滅した。後には僅かな欠片一つ残らない。


「同族三体を屠っても反応なしか。やっぱり普通じゃないな」


 目の前で三匹の発狂オオカミを立て続けに破ったというのに、四匹目には怯えの色は依然として皆無。

 まともな野生動物なら、この時点で獲物の狩りを諦めて退散しているところだ。

 しかしこのオオカミは盲目的に向かってくる。工夫も何もなく真正面から示される攻意。

 僕は横へ飛び退きつつ、更に内側へ体を捻った。走るオオカミの側面へ回り込む位置取りは、呆気ないほど簡単に得られる。

 相手の反応が思った以上に鈍い。野生を生き抜く獣に共通する、生命力へ富んだ精彩が欠けていた。

 僕はミナトを振り上げ、狙いを定める。オオカミが気付いてから動く一拍の内に、蒼の刃を渾身の力で振り下ろした。

 幅広の厚い刃は敵の首へと直ちに達し、抵抗を許さずに切断する。一振りで発狂オオカミの頭部は斬れて飛び、胴体は足をもつれさせて地面に倒れた。切断面から血飛沫が吹き、近場の大地を刻々と汚していく。

 全ての獣を処理するのに要した時間は数分。こちらは無傷。魔領大根への被害はなし。完全勝利と言っていい。

 だが釈然としないものが残り、戦果に反して達成感は薄い。


「病み上がりには程良い運動だったけど、どうも納得がいかないね」


 今しがた斬首した発狂オオカミの傍らに片膝をつき、命の消えた体を観察してみる。

 外見上、気になるような変化はない。流れ出る血の臭いや量も、違和感を覚える程ではなかった。

 基本的には野生の害獣、その域を出ていない。けれど一点だけ異なる特徴がある。


『魔力を感じる。野生動物とは思えない量。フユの見立て通り、これが畑に残された魔力の出所みたい』

「ああ。でも彼等の魔法耐性は高くなかった。それこそ普通の動物と大差ない。これだけの魔力を持っていながらだ。身体能力を強化しているわけでも、生命力に回しているわけでもなかったしね」

『大量の魔力を持て余していた? だから感覚が狂い、本来とは違う動きを……』

「その可能性もある。強い魔力を宿す個体が生まれることも、稀にだけどあると聞く。でもそれは何万匹に一匹という割合だろう。この全てが同じぐらいの魔力を具えているのは、偶然で片付けていい問題かな?」

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