理想と現実(理念)
介護を生業とするスタッフに多く見られる事だが、彼等・彼女等には【介護理念】もとい【介護方針】が個々に存在する。
ある程度、施設介護に慣れたスタッフであれば、現実離れした理念(いや、ここでは敢えて【理想】と言おう)を抱きはしないのだが、施設介護の経験が浅いスタッフ達は違うんだ。
介護現場の入所者と介護スタッフの比率は三:一。蝶樹荘で、その比率を計算すると、入所者が百二十名のため、百二十を三で割ると四十となる。この四十名という数が、介護従事スタッフの総数となる。
介護従事スタッフと表現したのには理由があり、常勤スタッフと非常勤スタッフを合計で換算し、直接介護に関わらない洗濯場や掃除専門のスタッフも、この数の中に入る。
それから計算すると、特養で実質介護を行うスタッフは、三十六名程で各フロアーに振り分けると、一フロアー十二名となる。
そして常勤スタッフは一月、公休数が八回。非常勤スタッフは、個人により無制限。そこから平日の日中の出勤者数を割り出すと、一フロアー約五名程度。これに夜勤入りのスタッフと、明けのスタッフが組み込まれ、一日の出勤スタッフの総数となる。
しかし、日中の出勤スタッフが五名でも、入浴介助スタッフを各フロアーが二名ずつ出す必要があるため、実質フロアーに残るのは三名程度。
一フロアーに四十名の入所者が存在するため、スタッフ一人当たり十数名の入所者が割り振られる事になる。
そして、スタッフ不足の現状を抱える施設では、公休数を減らす事により、その勤務体制を整えているのだ。
奥長 新二君、今年二年目の未熟介護士だ。奥長君の理想は【アットホームな施設介護】なのだが、これは新人の多くが抱く【現実を大きく逸脱した介護理念】なのだ。
「熊谷さん。鈴野さんのADL(日常生活動作)が、最近落ちてきている気がするのですが、どうしましょう?」
鈴野さんというのは、八十三歳のおばあちゃんの事で、フルネームを鈴野 花枝さんという。ADLは、移動は車椅子自操で、食事は自歯が少なく刻み食で、自力摂取。排泄感覚は薄いが、立位可能なため紙パンツと尿取りパットを併用し、トイレ誘導を行っている。入浴は安全面を考慮し、リフト浴を実施。洗身は、右半身麻痺があるため、介助洗身を行っている。
七十一歳の時に左脳の脳梗塞を患い、病状回復・退院後、右半身麻痺が残ったのだ。その時に老人性認知症(脳血管性認知症)を発症し、現在に至るのである。
「奥長君。鈴野さんのADLの事だけど、あれはね仕方ない事なの」
「仕方ないって、どういう事ですか!?」
「加齢に伴うADLの後退。そう言って分かるかしら?」
「でも! 日常訓練等によりADLを向上させる事も、介護福祉士の仕事ですよね!?」
「奥長君。障がい者ならまだしも、お年寄りはね、加齢に伴ってADLが著しく低下するの。だから、ADLの向上ではなく現状維持を遂行する事が重要視されるの。わかる?」
「それはわかります。けど!」
「けれど、何? 少ないスタッフ人数で、これだけの入所者の介護をしながら、他のスタッフに無理を言ってまで、個人のADLを重視しなければならない? そうする事によって、何か良い事がある? 本人がそれを望んでいるかも分からないし、多忙な業務の中に新たな業務を練り込む、しかも全体への援助ではなく、個別援助で。これを周りのスタッフ達はOKするかしら?」
「じゃあ、どうしたらいいんですか!?」
「どうもこうもしないわ。入所者全員の身体状態を維持しつつ、健康管理を怠らない。その中で、『ここにいて良かった』『楽しい人生だった』と感じてもらう事。それに誠心誠意尽くすの。それが介護士に課せられた業務なの。業務とは、仕事だけど仕事じゃないの。日常生活の補佐的動作なのよ。それを忘れずにいてちょうだい」
奥長君は、それ以上何も言わなかった。ただ無言で頷きながら、熊谷さんの話を聞いていた。たぶん、言わなかったのではなく、言えなかったのだと思う。
彼が理念とする【アットホームな介護】、これはただの理想にすぎない。
たぶん現代の介護現場の状況を改善しない限り未来永劫変わる事のない問題だ。
アットホーム。これは抽象的に【家族のような】と解釈しやすい。しかし、入所者にとって家族は、息子や娘夫婦とその孫・配偶者を指し、介護士は【お手伝いさん】的見方をされる。
そしてこれも、こんなに早く断念。
話を紡ぐのは、本当に難しいです。
自分が、接していた事だけに、多少は簡単に書けるかと思っていましたが、なかなか難しいですね。
でも、この話はもう少し考えて、きっちり纏めてから、もう一度トライしてみたいとも思っています。




