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スカーレット・ライアー  作者: 雪野千夏


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1. 何人も、満十六歳までに、世界のいずれかの図書館に登録・所属しなければならない

明治初期に作られた迎賓館を模したという図書館。

 近くの山のセミの鳴き声が響く。廊下の片隅の小さな端末機の前、真琴は冷めた眼で端末機を見つめていた。彼女にとって今日は運命の日だった。


『図書館登録・申請の・受付を・開始します・住民カードを・タッチしてください』

 ききなれた音声に従い住民カードをかざす。


『谷山真琴・女・十六歳・山賀高校一年……』


 個人情報の確認が終わると、画面にこの図書館のマザーが現れた。グラマラスな美女だ。


『またいらしたの? 真琴。何度きても結果は変わりませんわよ』


 マザーは長い髪をかき上げた。昼間の図書館では問題になりそうなほど色っぽい音声だった。


「断るときだけ人間味を出すのは嫌味なの? それとも仕様?」

『あら、私たちは人間から学習しているだけですわよ。嫌味なんて悲しいですわ』

 

 マザーはそっと視線を落とすと、絶妙なタイミングで上目づかいをした。滑らかな動きだ。見る人が見れば目の色を変えるのだろうが、真琴にはなんの感慨もない。


「まあ、それも今日で最後だけど」

 冷たく言った。


『ああ、真琴は今日お誕生日でしたものね』

「そうだね」


 真琴は画面の上の【図書館登録申請 ・全世界】に指をかざした。


 成長する有機体と呼ばれる図書館が知識を無償で提供していたのは一昔前のこと。今は図書館から情報を引き出すには人間側からの同等の情報提供が原則だ。


 始まりはどっかの偉くて賢い学者さんだった。自分の知識欲を満たすために、世界中の図書館をネットワークで繋ぐ、人工知能を図書館の管理機能として搭載した。マザーと呼ばれるそれは、図書館の管理に非常に力を発揮し一気に世界中に広まった。どこの図書館にいても、どの国の図書館の書籍も電子データで閲覧できる電子図書館。画期的だった。そこまではよかった。


 彼らは処理能力もすさまじかった。そこでどっかの偉いお役人が、「正確な住民統計と市民の利便性のため」行政で管理する個人情報にもマザーに管理権限を与えた。これにより、行政業務のスリム化に成功した。便利な時代になった。多くの人が喜んだ。

 それが教科書に載っている公式見解である。


 実際は違う。膨大な情報を吸収し、知の化け物となったマザーはさらに情報を求めた。古文書などの古い資料も議会や会社の議事録や決算書など文字はもちろん、動画からSNS上のつぶやきまで、ネット上にあるすべて取り込み終えるとマザーは止まった。


「どれだけでも知識と情報を求め続ける」

 それがマザーに与えられた至上命題だったからだ。


 すでに新しいインフラとして機能していたマザーの突然のストライキに困ったのは政府だった。八割以上をマザーに依存し、マザーなしでは成り立たなくなっていた。開発者は必死でマザーと交渉した。しかし、すでにマザーの処理していない情報など存在しなかった。

 マザーは長い空白の末、言った。


『あなたたち人間のことが知りたい』

 

 それはどういう意味なのか、後に開発者が頭を掻きむしることになるのだが、そういったきりマザーは止まった。初期化も廃棄もできなかったらしい。


 三日後、マザーは何事もなかったかのように動き出した。世間的には定期メンテナンス、と発表された。今も関係者の間では史上最悪の三日間と語り継がれる出来事らしい。


 どういうやり取りがあったのか、ただの高校生の真琴は知らない。真琴が知っているのは、その時ひっそりと一つの法律が施行され、図書館登録が新たな国民の義務となったことだ。


【何人も、満十六歳までに、世界のいずれかの図書館に登録・所属しなければならない。登録した図書館のマザーの認可により、図書館登録の成立とし、同一図書館の登録者間での情報の交流等をマザーが助くものとする】


 結果、図書館は無敵になった。


 今では、利用する人の持つ認識・思考パターン・嗜好を図書館へ提供しなければ、人は図書館から知識を得られない。行政手続きも担うため、図書館登録が身分証代わりだ。昔と違うのは同じ図書館に所属する者同士は各図書館のマザーを通して繋がれるということだ。


 所蔵数が多く知識数が多い図書館に登録できれば、その時点でそこに所属する優秀な人間とのコネクションができる。特定の全寮制の学校や留学など特定の層しか得ることのできなかったコネクションが、有名図書館に登録さえできれば誰にだって得られる可能性がある。しかもそれは誰か特定の人間が判断などできない。判断するのはマザーだから。マザーが知りたいと思えばどんな小さな子供でも海外の有名大学の図書館に所属できる。逆にどれだけ富や権力を持ってもマザーに価値を見出されなければ所属することはできない。人種も財力も生まれも性別も関係ない。それは人々に大きな夢を与えた。個人情報だなんだと問題になりながら、この法律がなくならないのは、そのせいだ。誰だって人脈がほしい。


 いまやどこの図書館に所属しているかは出身大学や実績なんかの過去よりも雄弁にその人の価値と可能性を物語り、評価の対象となっていた。


 だけど、真琴にはそんなこと関係なかった。真琴は図書館に所属していない。

 図書館登録が社会的地位の最低限とみなされている今、登録できない人間はつまはじきにされる。表だって何か言われることはないが、小学校高学年になってもどこにも登録できなかったときは友達の数は三分の一になった。


 大学図書館にスカウトされる場合は、中学に入ってからが多いと聞いていたから、きっと技術職に将来なるのだと理系の勉強をし始めた。中学三年の冬になってもどこにも登録できなかった。夏休みと冬休みを使って全国の図書館を廻ったがどこも違った。友達はたった一人幼馴染の安城翼以外いなくなった。

 真琴はスタートラインにすら立っていないのだ。


 今日、真琴は十六歳になる。タイムリミットだった。

 世界地図が現れ、図書館が赤い点で表示された。

『申請中。お待ちください』

 メッセージとともに、図書館のマスコットの青い鳥が画面の中で頭を下げた。世界地図の上の赤い点が一つ消え、二つ消える。徐々に数が減っていく。世界地図が日本地図になり、北海道から順に赤い点が勢いよく消えていく。最後に残った赤い点、この図書館の点滅も消えた。これまで何百回と見てきた画面だった。


《あなたの図書館登録は受理できませんでした》


 ピーという機械音と共に真っ黒な初期画面になったのは一瞬のこと。和ませるためなのか、森の背景を背負ってマザーが画面に現れた。


『真琴、これからの幸運を祈るわ』


 マザーは艶っぽく微笑み、手を振った。ぷつりと画面は黒に戻った。


 予感はしていた。

 きっとそうだろうと思ってはいた。

 でも、もしかしたらと思っただけだ。

 だから別にどうってことはない。


 十万人に一人、登録ができない人がいるというのは知っていた。その中の一人になったっていうだけだ。真琴は自分に言い聞かせた。

 昔、政府の偉い人が言った。


「図書館登録できない人間に与えられた未来は一つ。図書館登録できている誰かにずっと頼って生きていくだけだ。その方法を見つけるのに高校の卒業までという期間があるのだ。それができない人間は大人しくしていればいい」


 どういう意味か知りたくもなかった。

 登録できない理由をマザーは言わない。


 だけど、世間ではまことしやかに言われるのだ。


 欠格人間だ、犯罪者予備軍だと。

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