7.浄化師の正体
冬の終わりの魔物の出現が少ない時期に、各国で同じように魔の森の周辺を治めている一族を招いて、晩餐会やパレードが行われる。
持ち回りで回ってくるこの催しだが、今年はアルバスタイン辺境伯家が担当だ。
「二日に渡ってのお祭りなのね」
「はい。晩餐会の後に本邸の大広間で夜会が開かれます。翌日は朝から夜まで一日中、街中でお祭りが繰り広げられます」
ハンナの説明によると、中でもパレードが一番人気のイベントらしい
「雪の降る中、各国の辺境領を治める要人が乗った馬車が行進するのを、紙を巻いた燭台を手に持って歓迎するのです」
雪と蝋燭の灯りの幻想的な風景が目に浮かぶ。
「私としては、このパレードで、フレドリック様の隣にサラ様が並んでいるところを見たいのです」
「ハンナ?」
「もうすぐご結婚から一年が経ちます。フレドリック様にサラ様が辺境で貢献されてきたことをお伝えするのはこの夜会がぴったりではないでしょうか? 夜会でフレドリック様の心が解けてダンスを踊るのです。そして翌日のパレードにお二人が並び立つのです」
「ハンナ、あなた恋愛小説の読みすぎだわ」
けれども、もうすぐ辺境に来てから一年が経つ。離縁の期限が迫っている。ここで頑張って黄金竜を倒して、フレドリック様と対面するのが確かに一番いい流れではある。
◇◇◇
魔の森の近く、黄金竜が住処にしている泉へと、今日も私はハンナと共にやってきた。
この一か月のあいだ、黄金竜から瘴気を取り出しては魔の森へと瘴気を送り続けてきた。最初の頃は私の気配がするだけで攻撃をしてきた黄金竜も、いまではかなり弱ってきている。攻撃魔法を持たない私がチマチマと黄金竜からの攻撃を避けながら瘴気を取り除いた成果だ。
今日でとどめを刺すと決めた私は、ひたすら瘴気を取り出す作業を繰り返した。その間も、弱っているとはいえ、黄金竜は炎を吐き、鋭い爪で攻撃をしてきた。
「サラ様、危険です。もうやめましょう。無茶はしない約束です!」
「だめよハンナ、夜会は明日なのよ? 今日中に黄金竜の魔石を手に入れないと間に合わないわ!」
「私が言い出したことですけど、夜会じゃなくてもフレドリック様には会えます!」
「そうだけど、せっかくの機会なのよ? どうせなら綺麗に着飾った私を見ていただきたいわ!」
「サラ様……本当に危なくなったら、引っ張ってでも帰りますからね」
おそらくハンナは私の乙女心を理解してくれたのだろう。
ごめんねハンナ、でもありがとう。
◇◇◇
王都から戻ったフレドリックは、ロキに連れられて浄化師を尾行していた。フードを被った浄化師は、メイドのハンナを連れて慣れた足取りで辺境の森の中を進んで行く。
「なぜ浄化師にハンナが付いているのだ?」
「なんででしょうね?」
「ハンナは別邸付きのはずだが」
「そうですね、ということは?」
「ということは?」
「……いや鈍すぎでしょう、フレドリック様」
尾行を続けると、浄化師とハンナは魔の森近くの泉に近づいた。
そして出てきた黄金竜を相手に、浄化師は戦い始めた。戦いというより、一方的な黄金竜からの攻撃を、ひたすら避けては黄金竜から瘴気を取り出すことを繰り返している。
浄化師は攻撃魔法を持たないのか? なんとか攻撃を避けているようだが、至近距離から繰り出される攻撃の影響を受けているはずだ。
その時、黄金竜から繰り出された炎魔法の威力で風が巻き起こり、浄化師のフードが外れた。
フードの中からは、風に揺らめく漆黒の長い髪があらわれた。
「さすがに分かりましたよね? 泉を無毒化したのも、負傷兵の瘴気を取り除いたも、瀕死のフレドリック様を救ってくれたのも、全部サラ様がやったことですよ。黄金竜を倒すのも、取り出した魔石で髪の色を変えてフレドリック様に会うためという理由なんですよ」
目の前では、辺境に巣くう最強クラスの魔獣である黄金竜が、サラの繰り出す闇魔法によって倒されようとしていた。
「本当に黄金竜を倒しちゃいましたよ……好きな人のために髪の色を変えたいなんて可愛い理由で、凄いことやり遂げましたね、あなたの奥様は」
「好きな人?」
「そうですよ、フレドリック様が瘴気にやられた時に、瘴気を取り除いてくれたお礼をサラ様に言ったじゃないですか、あの時の笑顔に恋に落ちたそうですよ」
目の前の状況とロキに言われた言葉の意味、そして自分が妻へと放った言葉を思い出し、フレドリックはただその場に呆然と立つことしかできなかった。
その間に、ボロボロになりながらも黄金竜を倒したサラが、ハンナに抱えられるようにして泉から去って行った。
◇◇◇
夜会当日。
苦労して手に入れた黄金竜の魔石を使い、髪の色を金色に変えた私は、ハンナに着せてもらったドレス姿で、別邸から開場である本邸へと向かった。
昨日の黄金竜との戦いでできた擦り傷や火傷は、全部はカバーできなかったものの、ハンナが化粧でてできるだけ隠してくれた。角度によってはドレスから包帯が見えてしまうけれど、夜会なのでごまかせるだろう。できるだけ美しい姿の私をフレドリック様には見てもらいたい。
鏡にうつる金色の髪色のをした私は、少しお姉様に似ていた。髪の色が違うだけでこうも変わるのだ。この髪色なら、フレドリック様にも認めてもらえるかもしれない。
そんな気持ちで臨んだ夜会だったが、私を見たフレドリック様の表情を見た瞬間にあっさりと打ち砕かれた。
フレドリック様は、近づく私の髪の色を見て苦しそうな顔をされた。それから、化粧で隠しきれなかった傷や、ドレスから覗く包帯を見つけると、さらに怖いお顔になられた。
そんなお顔を見たら、事前に考えてきた台詞は全て消え去ってしまった。
「……そんな髪の色にするために……」
何を言われているのだろう? でももの凄く睨まれている。
ああ、やはり結婚式の時と同じで、私に怒っていらっしゃるのだ。
髪の色を変えたくらいでフレドリック様の前にあらわれてはいけなかったのだ。忌み嫌われている闇魔法使いの女が、婚姻を継続してもらおうなどと考えてはいけなかったのだ。
「申し、訳……ありません、フレドリック様。どうしても直接お話がしたくて、髪の色を変えてこの場へ参りましたが、私のような者が姿を見せてはいけなかったのですね」
「そうではない……違うんだ」
「いいえ、視界に入るなとの言いつけを守らなかった私が悪いのです。せめて最後にお礼だけは言わせてください。こんな女を一年も住まわせてくださりありがとうございました。もう二度と姿をお見せいたしません、失礼いたします」
それだけを言うと、逃げるように立ち去った。
一刻も早くフレドリック様の視界から消え去らないといけない。会場を抜けて本邸を出ると、我慢していた涙がこぼれおちてきた。
急いでフレドリック様から見えなくならなくてはと、重たいドレスで全力で走った。途中でヒールは脱げ落ち、気が付けば裸足で別邸まで戻ってきていた。
空には満月が出ていて、私の金色の髪が月明かりに照らされている。もう変えている必要がなくなったので元へと戻そう。魔法が解けた真っ黒の髪、私にお似合いの闇の色へ。
もしかしたら金色の髪の私なら、フレドリック様に妻と認めてもらえるかもしれないなんて、フレドリック様の都合も考えずに勝手に期待したのが間違いなのだ。髪の色が変わっても闇は闇なのだ。
◇◇◇
金色の髪を揺らして走り去ったサラを、呆然と見送るフレドリック。
「フレドリック様、あれはないですよ。サラ様あんなに頑張っていたのに」
「分かっている、すべて俺が悪い。あの、顔や手足の怪我を見たら……あんな酷いことを言った俺のために、危険な目に遭ってまで黄金竜を倒す必要はなかった、髪の色も変えなくてよかったんだと言いたかったのだ」
「俺は付き合い長いから分かりますけど、あれでは言葉が足りなさすぎです」
「分かっている……」
「サラ様、ここに来た当初はガリガリで生気も無かったですけど、別邸での生活は毎日楽しかったそうですよ。美味しいご飯を食べられて、おやつもあって、闇魔法で領地の役に立つこともできているし。金色の髪だったら闇魔法使いでもお嫁さんにしてもらえるかもしれない、それが無理なら領地の隅にでも置いてもらいたいってフレドリック様にお願いするんだって言ってましたよ。それをあんな怖い顔で睨んだら、拒否されたと思うでしょう」
「俺は、彼女にすまないと思って……」
「まったく、我が主は色恋に関しては、本っ当にポンコツですね」
◇◇◇
夜会の翌日のパレードは、降りしきる雪の中で行われた。
パレードの馬車列を、紙を巻いた燭台を手に持った人々が見守っている。雪と蝋燭の灯りが組み合わさって幻想的な雰囲気だ。
私はその様子を、市街地から遠く離れた砦の上から見ていた。遠見の力を持つ魔石の能力を使っているので、距離があっても問題なく見える。
夜会から別邸へと戻った私を見たハンナは、その様子から計画が失敗したことを察してくれた。
ハンナには実家へ帰ると告げて、すぐに辺境伯邸を出た。
でもどうしても翌日のパレードは見ておきたくて、町の宿屋に一泊したのだ。
砦の強い風になびく黒髪はもう隠す必要もなくなった。
雪の中のパレードは、ハンナに聞いたとおり、幻想的で素敵だった。
遠見の魔石の能力のおかげで、至近距離にフレドリック様が見える。馬車に一人で座られているフレドリック様は、相変わらずアイスブルーの瞳が素敵。鍛えられた身体にかっちりとした黒い軍服がとてもお似合いで、降りしきる雪さえもがフレドリック様を彩っている。
この肖像画が欲しい……まだそんなことを考えてしまうとは、なんと未練がましいのか。
泉も綺麗になったし、黄金の竜もいなくなったのだ。アルバスタイン領は豊かさを取り戻していくだろう。そうなれば人も増える。フレドリック様も、次こそは光や聖なる魔力を持ったご令嬢と結婚されるだろう。
私はフレドリック様の隣に立つことはできなかったけれど、北の辺境の美しいパレードの光景を心に焼き付けた。




