5.別邸の壁面
「うわぁ……フレドリック様の肖像画、こんなに集めたんですか……」
別邸の壁一面に飾られた、フレドリック様の肖像画を見て、ロキが引いている。別邸の壁面は、ここ数か月で集めたフレドリック様の肖像画でいっぱいになっているのだ。
「ね、ちょっと気持ち悪いでしょう?」
ハンナあなた、そんなことを思っていたの!?
「これは……殺し屋がターゲットを狙うときにやる行動ですよね」
ロキまでそんなことを言うなんて。辺境の人は思ったことを口に出しすぎではないだろうか。
「だって新作がどんどん出てくるのですもの、欲しくなってしまうわ」
「まあ、上物の魔石が手に入るからといって、新しい絵師を雇って描かせていたのはこっちですけど。あ、近々彫刻家も呼ぼうと思っていたところなんですよ」
「彫刻、ということは立体!?」
思わず大きな声が出してしまった。立体化されたフレドリック様なんて欲しいに決まっている。
◇◇◇
「ではあの魔石は、サラ様が泉の瘴気を取り除く際に、魔獣を倒して手に入れられたと? その理由が、フレドリック様に自分を有用だと認めさせて、婚姻を継続してもらうためだったと?」
椅子に座り、ハンナが入れてくれた紅茶を飲みながら、ロキに私の計画を伝えた。
「そうなの。闇魔法を使って、辺境領の瘴気を魔の森に返していっているの。それで私が辺境で役に立つと分かれば、フレドリック様のお気持ちも変わるのではないかと思って……」
「まあ、あんな上物の魔石を見せられてしまったら信じるしかないですよね。ただ我が主も頑固ですからねぇ……サラ様の考えている計画が上手くいくかどうか」
そこからロキが、フレドリック様側の事情を教えてくれた。
「度重なるスタンピードで家族を全員亡くされて、辺境伯を継いでからは取り憑かれたように魔獣退治に明け暮れるようになってしまわれました。フレドリック様はおそらく、家族を亡くしたことに強い責任を感じているんです。あのとき自分は何もできなかったって。それもあってか、家族というものに人一倍憧れをお持ちなんですよ。たまたま訪れた王都の夜会で、アンジェリカ様の光魔法を見て、この人こそが辺境を明るく照らす光だ! ってなっちゃって。それで滅茶苦茶がんばって功績を上げて報奨にして貰ったのに、身代わりの花嫁と結婚させられちゃったので」
「それは本当にこちらが悪いとしか言えないわ……」
「でも主も主なんですよ。戦ばかりにかまけて恋愛はからきしで。そんなだからアンジェリカ様の光魔法にコロッと騙されちゃうんですよ」
「ロキはお姉様の魔法が、ただのパフォーマンスだと気付いているのね」
「そりゃあ現役で魔獣と戦ってますから。魔力量や魔法の中身を見る目は持っています。夜会で隣で一緒に見てましたし、フレドリック様にも言ったんですよ、あれはただの目くらましだって。でもフレドリック様はすっかりやられていて、何言っても聞いてもらえませんでしたね」
お姉様の光魔法の九割はパフォーマンスだ。キラキラエフェクトを魔法で繰り出して凄そうに見えるが、実際はほんのわずかな瘴気を浄化することしかできない。いろいろなパターンのキラキラを繰り出すのはすごいけど、あれは平時の見世物だ。魔獣や瘴気を前にしては何の役にも立たない。
「フレドリック様も色恋以外は有能なんですよ。魔力は多いし魔法も強力ですし、領地の統治能力も高いんです。ただ恋愛になると、本当にあの人ポンコツになるんですよ。敵との駆け引きとか、政治の裏を読んだりするのは凄く得意なんですけど、十代から今までをほとんど戦場で過ごしてきた人なので、学習する機会無かったといえばそれまでなんですけど、それにしてももう少しなんとかできただろうとは思いますね」
「確かに結婚式での発言といい、デリカシーの欠片もない男に育ったわね」
ハンナは相変わらずフレドリック様に対して厳しい。
「うん、でもサラ様は辺境伯の理想の妻ですね。俺はサラ様がフレドリック様の奥様になって欲しいので、サラ様の計画に協力します。将来、うちの子をご学友にしたいので、早く本物の夫婦になって跡継ぎを作って欲しいですしね」
ハンナに続いてロキからも跡継ぎの話を聞かされる。やはり辺境の皆さんはフレドリック様が家庭を築くことを待ち望んでいるのだ。
◇◇◇
「最近、屋敷に絵描きの出入りが多くないか?」
執務室で書類をさばきながら、フレドリックがロキに質問する。
「需要がありまして」
「需要……」
「近々、彫刻師も来るように手配しています」
「彫刻師……」
「需要がありまして」
「……」
◇◇◇
「私が負傷兵の治療を?」
「はい。兵舎には魔獣退治で瘴気にやられた負傷兵もいます。サラ様の闇魔法で、瘴気を取り除けるのではないかと」
肖像画の一件以来、暇を見つけては別邸に顔を出すようになったロキから相談を受けた。
「お役に立てるのならお手伝いしたいけれど、私の闇魔法を受け入れてもらえるかしら」
闇魔法は瘴気を操ることができるので、治療は可能だろう。問題は、私の闇魔法が呪いの儀式にしか見えないところだ。患者に治療を拒否されないだろうか。
「それは大丈夫です。治療は個室で行いますし、治療中は患者には目を瞑ってもらいます。心配でしたら目隠しも用意させます」
「それなら大丈夫かしら。でも兵舎ということは、フレドリック様も出入りされるのよね?」
「フレドリック様のスケジュールは俺が把握していますから、会わない時間帯にだけ治療に来ていただくように手配をします」
ということで、兵舎で負傷者から瘴気を取り除くお仕事が始まった。
兵舎へ行くときは、闇魔法使いだとばれないようにフードをかぶって黒髪を隠し、フレドリック様の妻とも分からないように指輪も外した。
そんな中、想定していなかった事が起きた。
フレドリック様が瘴気にやられて運び込まれてきたのだ。
大型の魔獣と戦う中で、逃げ遅れた兵士を庇って負傷されたフレドリック様は、身体の半分を瘴気に覆われて、意識の無い状態で横になられていた。
「サラ様、我が主を助けていただけないでしょうか」
ロキが真剣な声で言う。ロキの横にはフレドリック様の主治医もいた。手を尽くしたけれど瘴気を取り除けなかったのだろう。
「やってみます」
視界に入るなとフレドリック様には言われていたけれど、非情事態だし意識もないのだ、許されるだろう。
苦しそうなフレドリック様を必死になって治療する。かなりの瘴気がまとわりついていたが、根気強く闇魔法で取り出しては、病室の窓から魔の森へ向かって送り返し続けた。
その様子はやはり呪いの儀式のようで、初めてその光景を見たロキと主治医は、私がフレドリック様から取り出した瘴気を操っている様を気味悪そうに見ていたが、何も言わなかった。
どれくらい時間が経っただろう、フレドリック様はまだ目を覚まされてないけれど、呼吸が落ち着き、苦しそうな表情も和らいできた。
こんな時だというのに、念願のフレドリック様ご本人を前に、私は心の中で大興奮していた。
肖像画より本物は何倍も素敵! 睫毛が長い! 髪は思っていたより柔らかそう!
そんなことを思いながら様子を見ていると、フレドリック様の瞼がぴくりと動いて、ゆっくりと目が開きはじめた。
意識が戻られたのだ。視界に入ってはいけないと、私は慌ててフードを深めに被った。
「……あなたが、俺の瘴気を?」
大丈夫、バレていないようだ。
ホッとして返事をしようとしたところで、結婚式の宣誓の時に声を出したことを思い出した。覚えられているかもしれない。しかたなく、フレドリック様の手のひらへ、指で「はい」と書いた。伝わるだろうか。
「そうか、ありがとう」
フレドリック様は指文字を理解してくれたようで、お礼を言ってくれた。フードの奥から見えた、その時のフレドリック様は、とても柔らかい笑みを浮かべられていて、私は一目で恋に落ちた。
この後は主治医による診断が行われるということで、病室を後にしたけれど、フレドリック様からお礼を言われた私は、別邸に戻ってからも興奮が収まらなかった。
「ハンナ、フレドリック様からお礼を言われました!」
「サラ様、今日その話をするの何回目ですか? いい加減聞き飽きましたよ」
すでに十回以上聞かされているハンナはあきれ顔だ。
「肖像画より何倍も何十倍も素敵でした! そのフレドリック様が、私に、お礼を!」
「はいはい」
おもわずクルクル回ってしまう。
「お礼を、言われました!」
「はいはいはい」
ハンナ、こんなに浮かれた私に付き合ってくれてありがとう。
その日の夜は、フレドリック様の「そうか、ありがとう」を脳内で延々とリピートしながら眠りについた。




