3.役に立つことを実証する妻
離縁が決まるまでの一年の間に、闇魔法使いの私が辺境で役に立つことをアピールして、フレドリック様に婚姻を継続してもらおうと、私は行動を始めた。
まずは別邸唯一の使用人のハンナに、瘴気に侵された泉に連れて行ってもらった。
フレドリック様の視界に入る事は許されていないので、フードを被って、黒髪を隠してバレないようにした。
おどろおどろしい瘴気を放つ泉で、産まれて初めてまともに闇魔法を使ってみる。魔法の使い方は、名付け親の祈祷師に文通をとおして教えてもらった。
「サラ様、本当にこの泉が綺麗になるのですか?」
ハンナが疑わしげに聞いてくる。
無理も無い。泉の水の色は紫で、ボコボコと怪しいガスが湧き出ている。どう見ても毒水だ。
「やってみたことは無いけれど、腐ったスープから毒素を取り除くのと同じ要領でいけるはずだわ」
そうハンナに説明して、私は祈祷師に教わった呪文を唱え始めた。闇魔法は、光魔法のように瘴気を浄化することは出来ない。その代わり、瘴気を操ることができる。泉の瘴気を闇魔法で取り出して、魔の森へ送ることができれば、結果的には浄化するのと同じ効果が得られるはずだ。
やってみると、私の魔力の多さも影響してか、一瞬で泉は綺麗になった。
「サラ様、凄いです……」
半信半疑だったハンナは、さっきまで紫だった泉の水が無色透明になったことに驚いている。
「意外と簡単だったわね。この調子で辺境領中の泉を綺麗にして回りましょう、そしてフレドリック様に私の有用性を認めてもらうのです!」
私は、毎日ハンナを連れて、お忍びで辺境領にある泉をひとつずつ回って瘴気を取り除いていった。
「サラ様、闇魔法を使っているときのサラ様は、お顔が怖いです」
「嫌だわ。集中するとどうしても怖い顔になっちゃうのよね」
今日も泉から瘴気を取り除く作業をしている。回数をこなして大分慣れてきた。
ハンナは、誰も行きたがらない、黒髪の闇魔法使いの花嫁のいる別邸へ、自ら手を上げてやって来てくれた奇特な人だ。本人曰く、給料が良かったのと、別邸は狭いので掃除が楽そうだという理由で立候補したそうだ。
私の黒髪は気にならなかったのか聞いてみたが、そんなことよりガリガリに痩せ細っている方が心配だと、毎食たくさんのごはんを食べさせようとしてくる。長年、一日一食だった私が、そんなには食べられないと言うと、「ガリガリのままでは、旦那様に抱き心地が悪いと思われてしまいますよ」などと言ってくる。抱き心地って……そんなことを思われる日が来るのだろうか? というのは置いておき、泉に行くのには体力が必要なので、そのためにも頑張って食べている。
泉から瘴気を取り除く時は、長い呪文を間違わないように集中して唱えるので、どうしても眉間に皺が寄り、怖い顔になってしまう。そのうえ取り出した瘴気の禍々しさも相まって、どう見ても呪いの儀式にしか見えない。
「お姉様みたいに、笑顔でやってみるのはどうかしら」
光魔法を使う時のお姉様の、女神のような微笑みを思い浮かべて、私が笑顔で闇魔法を使うところを、試しにハンナに見てもらった。
「……サラ様は笑顔が下手すぎです。どう見ても生け贄を前に笑いが止まらない魔女です。怪しさが増すので笑顔はやめまておきましょう」
「酷い、ハンナが言い出したのに」
「まずは笑顔の練習からですね」
実家でほぼ幽閉状態だった私は、人と接する機会も無かったので、笑顔になる機会もなかったのだ。
「そうね、フレドリック様にも自然な笑顔をお見せしたいもの」
「というかサラ様。これだけ泉を浄化したのですから、そろそろフレドリック様に成果を報告して、婚姻継続の打診をしても良いのではないですか?」
ハンナにそう言われて数えてみると、瘴気を取り除いた泉は既に十カ所を越えていた。
「ダメよハンナ。だってフレドリック様は私のこの黒い髪を嫌われているわ。それに、視界に入ることも許されていないのよ」
「はあ? あの野郎、そんなことをサラ様に言ったのですか?」
「ハンナ?」
いくらハンナといえども、辺境伯であるフレドリック様を、あの野郎呼ばわりするのはダメだろう。
「こほん……失礼しました。実はフレドリック様とは同い年でして、子供の頃はロキと三人でよく一緒に遊びました。その頃は笑顔も見せていましたけど、度重なるスタンピードの度にご家族がお亡くなりになって、若くして辺境伯をお継ぎになってからは変わってしまわれましたね。ずっと魔獣との戦い漬けで、私が再度会ったときには、一切笑いもしない無表情の領主様になっていましたよ」
スタンピードで家族を亡くした悲しみも癒えぬうちに、さらなるスタンピードが起こり、領地は荒廃していく。それを食い止めようと戦い続けて来られたのだ。そんな中で見たお姉様の光魔法は、辺境に大きな希望をもたらすように見えただろう。
だからフレドリック様は、お姉様を報奨に望まれたのだ。金色の髪の光の魔法使いを。
「……やっぱり無理。この髪色ではフレドリック様にお会いすることはできないわ」
「そんなことを言われても、魔力の通った髪は染めることもできませんから、一生フレドリック様に会えないことになりますよ?」
「大丈夫よハンナ、それには策があるの。辺境には黄金竜がいるのでしょう?」
文通相手の祈祷師に、北の辺境へ嫁ぐと送った手紙の返事にそれは書かれていた。
「黄金竜ですか? いますよ。魔の森に一番近い泉の周りが住処ですね。あれがいなくなったら辺境の瘴気がかなり減るでしょうから、土も良くなって、きっと暮らしも今より楽になりますね」
ハンナは茶色の髪色の土魔法使いなので、土地の汚染具合が分かるのだろう。
「やっぱり黄金竜は辺境に実在するのね。祈祷師様の情報では、黄金竜の魔石には髪の色を変える力があるというの。だから、黄金竜を倒して髪の色を変えることができたら、フレドリック様の前に私でも出られるのではと思うの。そこでこの成果をお伝えしたら、本当のお嫁さんにしてもらえるんじゃないかって……」
「サラ様は髪の色が何色だろうと、既にフレドリック様の奥様ですよ?」
嬉しいことに、泉から瘴気を取り除く作業に毎日付き合ってくれているハンナは、私のことをフレドリック様の妻と認めてくれている。
「ありがとうハンナ。確かに書面上はフレドリック様の妻ではあるけれど、私は身代わりですもの。それに、長年実家でも疎まれ続けてきたのよ? 自己評価は地よりも低いわ……とても黒髪のままでフレドリック様に婚姻を続けて欲しいなんて言う勇気は無いわ」
「そいうものですか? こちらとしては早いところ跡継ぎを作って、領民を安心させて欲しいので、サラ様の作戦に協力はしますけれど、無理はしないでください」
道のりは遠いけれど、泉を綺麗にして黄金竜を倒して、金色の髪の花嫁になって、フレドリック様に会いに行こう。
私はまだ見ぬ旦那様に思いを馳せた。




