第147話 手がかりを探す
「それでルッキィ、心当たりとかはないの?」
「うーん……」
サンドラの問いかけに、ルキアは腕を組んで唸る。
変身能力が制御できなくなってしまっている原因だが、正直ルキアは思い当たるものがない。すぐに考えつくならば、とっくに気づいているだろう。
「ルキアさん、どんな小さなことでも……」
考え込むルキアに、シェアトが語りかける。
同じ高校でドラゴンガードとして働いている彼女達は、一緒に街を歩いていた。ルキアが中央、その左右にサンドラとシェアトがいるという位置取りだった。
移動するならば、もちろん空を飛んだほうが速い。だがルキアの変身能力が異常を来たしている以上、それはできなかった。翼を出現させても、また消えて墜落してしまう可能性が高かったからだ。
ルキアはファイアドレイクで、サンドラはコカトリス、シェアトはヴィーヴル。
彼女達はいずれも翼を有するドラゴンで、長い距離を移動する際には空を飛ぶのが常だった。そうせずにこうして三人揃って街を歩くのは新鮮で、ルキアが記憶している限りでは初めてな気がした。
しばらく考え込んだあとで、ルキアは顔を上げた。
「やっぱり、これだと断定できるような出来事は思いつかないの。強いて言うなら、確証はないけど……ここ最近のドラゴンバトルが原因だとしか思えないのよね」
シェアトからは、『アークの流れが大きく乱れている』と言われていた。変身能力の異常は、十中八九それが原因だと考えられるだろう。
そしてアークの流れを乱されるような出来事といえば、ルキアにはドラゴンバトルくらいしか思い至らない。ドラゴンのエネルギーたるアーク、それに影響を及ぼせるのはやはり、ドラゴンだろう。
「戦いすぎて、アークが弱まっちゃってるとか?」
人差し指を立てながら、サンドラがそう提案した。
「ううんサンドラ、それはないと思う。大きく乱れてはいるけれど、ルキアさんのアークの出力が弱まっているわけじゃないから……」
電力こそ作り出されているが、それを供給する経路に問題が起きており、必要な個所に届き渡っていない。あえて表現するならば、そんな状態なのかとルキアは思った。
発端がドラゴンバトルにあるのだとしても、原因の特定に至るわけではない。
岩石ドラゴンや落合の時、ファズマとの戦い、学校祭、そしてついこの前の、七瀬を助けに向かった時の一戦……ここ最近を振り返ってみても、ルキアはそれなりの戦闘をくぐり抜けてきている。そのいずれも彼女は勝利し、敗北どころか傷を負ったことすらなかった。害を受けたのはせいぜい、ファズマの放屁で悶絶した時くらいだろう。
しかしどれを振り返ってみても、アークを乱されるような出来事に心当たりはない。そのような能力を持つであろうドラゴンと対峙したことは、少なくとも一度もないように思えた。
「こないだの強盗を捕まえた時にも、何もなかった気がするし……」
ルキアが言及したのは、彼女がもっとも直近に経験したドラゴンバトルのことだった。
それはつい数日前のこと、ドラゴンガードの仕事を終えて帰路についていた時、空を飛んでいたルキアは宝石店強盗の現場に遭遇したのだ。ちょうどサンドラも一緒にいて、ふたりのドラゴン少女達は偶然にも事件現場に居合わせる形となった。
数人の男達はすでに、奪取した貴金属類を手に『やったぞ!』などと言いながら嬉々として車に乗り込んでいた。あとはあの場から逃走すれば、彼らは強盗を完遂できていただろう。
これで多額の現金が懐に入ると、有頂天になっていたのかもしれない。盗品を換金などしようものなら、たちまち足がつくとも考えられたが、強盗などする連中がそこまで考えているかは怪しいものがあった。
「そうだよね。それにしてもあいつら、あたしとルッキィに目をつけられるなんて、つくづく運のない連中だよね」
「まあ、たしかにね」
サンドラの言うとおりだった。
男達はガラスを割って店に侵入するという、大胆で雑な手口を選択していた。
店内には防犯カメラも稼働していただろうし、証拠はそれなりに残っていただろうと思う。仮にあの場で逃げおおせたとしても、そう遠くないうちに逮捕されていたのは想像に難くない。
無論、彼らは逃げられなかった。
全員が乗り込んだあとで、男達は長居は無用と言わんばかりに車を猛発進させた。色も車種も珍しくなかったので、大通りの車列に紛れ込まれると判別は容易ではなかった。しかしサンドラが車番を記憶し、ルキアとともに即座に追跡を開始した。
サンドラはコカトリスであり、そしてコカトリスはドラゴンの中でも非常に優れた視力を有している。かなり距離が離れていたものの、車番を視認して記憶するのは造作もないことだったのだ。
「それで、どうしたの?」
「往生際の悪い連中だったけど、所詮は小物。すぐにひっ捕まえてやったよ」
シェアトの問いに、サンドラは腕を組んで答えた。
そう、彼らはドラゴンだった。当初こそ車での逃走を図った彼らだったが、ルキアとサンドラの連携によってたちまち行き止まりへと追い込まれた。そして逃げ場を失った彼らは車を降り、ついに本来の姿を現したのだ。
ワイバーンにリザードマン、とくに珍しいタイプではなく、オーソドックスでありふれたドラゴン達だった。
数では不利だったものの、サンドラが言ったように彼らは小物にすぎなかった。
彼らは変身したうえに、バールやバットといった凶器を持ち出した。それらは、強盗の際に使用した物だと思われた。しかし武装しても、ドラゴンガードとして犯罪ドラゴンへの対処を職務としているルキアやサンドラに敵うはずはなかったのだ。
が、そう易々とお縄を頂戴するような連中でもなかった。
「通りかかった人を人質にしたりして、最後の最後まで諦めの悪い連中だったけどね」
右の人差し指で空を指しながら、サンドラは続けた。
サンドラが言ったように彼らはとにかく諦めが悪く、未練がましかった。
抵抗しても、ルキアとサンドラから逃げ切るのは不可能だと思ったのだろう。男達のひとりが、付近を歩いていた通行人を捕らえ、彼を盾にルキアとサンドラを牽制した。一般人を前に突き出せば、ふたりがそう簡単には手を出せないと考えたようだった。
「あー、あの人……思えば災難だったね」
運悪くあの場に居合わせ、人質にされてしまった男性のことを、ルキアも覚えていた。非常に印象に残る見た目だったので、覚えていて必然だったのだ。
とても太っていて、眼鏡を掛けていた男だ。
(思い出してみると……ちょっとファズマっぽかったわね)
ルキアはふと、学校祭の時には共闘することとなった彼を思い出した。
ともあれ、あの強盗事件を解決に導くのに、そう時間は要しなかった。人質を取られても、強引にそれを救出して犯人達を拘束すればいいだけの話だった。ドラゴンに変身されても手こずるどころか、むしろ手加減が必要なくなっただけだった。人間ではないと分かった以上、ドラゴン三原則で明記された人間への加害制限は適用されない。
やはり思い出す限り、ルキアには自分の変身能力の異常に繋がるような出来事に覚えがなかった。
「困ったな……考えても考えても分からないわね、どうしてこうなったのか……」
「まあまあルッキィ、そう落ち込まないで」
ルキアを励ますサンドラが、ふと立ち止まって近くにあった喫茶店を指差した。
「そだっ、ちょっと一息入れようよ。あたしが奢ったげる」
「えっ、本当?」
そうしてルキア達三人は、その喫茶店へ入ろうとしたのだが、
「あのすみません、お客様……」
ドアを開けるや否や、店員からいかにも恐縮した様子で呼び止められた。
「申し訳ございません、当店はドラゴンに変身した状態での入店はご遠慮いただいておりまして……」
店員が手の平で指したほうには、客にその旨を知らせる張り紙がしてあった。
そこでルキアは、自分の状態を思い出した。そう、今の彼女はドラゴンに変身こそしていないが、尻尾が出ている状態だ。店員の言葉から察するに、これも変身しているという定義に当てはまるらしい。
「あ、そっか……そうですよね……」
尻尾が出ているくらいなら、ドラゴンガードとしてはともかく、日常生活にそこまで大きな支障はないと思い始めていた。
こんなところで弊害が出るとは思わず、ルキアは肩を落として退店するしかなかった。




