第146話 シルヴィアの宣告
「ルキアさんのアークの流れが、大きく乱れています……」
これまでと同じような、控えめで少しか細い声でシェアトは告げた。
彼女はベレー帽を深く被り直した。その額に存在する器官、ヴィーヴルの瞳を隠すためだ。菱形の宝石のような外観で、ヴィーヴル特有のそれを使えば、ドラゴンのエネルギーといえるアークを視認することが可能だった。
変身能力が制御不能になる、今の自分が陥ったこの事態を打開するため、ルキアはシェアトを頼った。ドラゴンガードとして同僚であり、シェアトの能力をルキアは知り得ていたからだ。
ヴィーヴルの宿命として全盲であるが、シェアトの感知能力は鋭敏に発達している。その精度たるや、視覚機能がないという大きなハンデを十二分に補えるほどだった。
皆と同じ景色を見ることはできないかもしれないが、彼女にしか見えないものもあるのだ。学校祭の一件でステルス能力を有するドラゴンと対峙した時は、姿を消して潜んでいる敵の存在を暴いたり、それに相手の急所を見つけ出すといった活躍も見せた。
「やっぱり……シェアトさんに見てもらえば、何か分かるかと思ったのよね」
シェアトに会えば、何か掴めるかもしれない。ルキアはそう考えた。
面会の場所は、ふたりがドラゴンガードとして働いている学校のそばにあるビルの屋上だった。尻尾が出ている今の姿を、ルキアは下手に見られたくなかった。なので、人目につきづらそうな場所を選んだのだ。
今日は休日だったが、シェアトは当番で出勤していた。
シェアトが退勤する時間を狙ってルキアは彼女を見つけ、ここに来てもらったというわけである。
「変身能力の異常は、きっとそれが理由だと思います。でもそれ以上のことは、原因とかは、ちょっとわたしにも……」
「そうだよね、分かった。シェアトさん、どうもありがとう」
原因の特定まではできなくとも、やはり自分の身に異常が起きているということは確定事項となった。それが分かっただけでも、ルキアとしては十分だった。ヴィーヴルであるシェアトが友人の中にいたことは、幸いだったといえるだろう。
打開策は、これから探していくしかない。しかし、どうすれば……ルキアがそう思った時だった。
「やっほールッキィ、シェイシェイ、ふたりで何してるの?」
いつもながらの陽気で溌溂とした声。その主が誰なのかは、顔を見なくても分かった。
ルキアとシェアトが振り返ると、彼女は翼を羽ばたかせつつ屋上に着地した。コカトリス特有の、ふわふわとした羽毛に覆われた翼が動くたびに、周囲に羽が舞い散った。
降り立った彼女は、手を振りながらふたりに歩み寄ってきた。赤いドレスと揃うような赤いパンプスが屋上の床を打ち、コツコツと硬い音が鳴った。
「サンドラ……」
シェアトが、彼女の名を呼んで迎えた。
「って、ルッキィどうしたのその尻尾……もしかして、どこかに犯罪ドラゴンでも?」
身構えるような仕草とともに、サンドラは周囲を見渡した。
華やかな外見とは不釣り合いなほどに、周りを警戒する彼女の動作は堂に入っていた。
「あっ、違う違う!」
ルキアは慌てて誤解を解いた。
今、ルキアの尻尾は彼女の意思とは関係なく、勝手に出ている。しかしサンドラはそれを知らないので、戦闘中であると勘違いしたのだろう。
「違うの? じゃあどうして……」
思わず身構えてしまったのも、仕事柄の癖のようなものだったのかもしれない。
ルキアとシェアトと同様、サンドラもまたドラゴンガードだ。それもルキア以上に長く働いており、これまで数多くの犯罪ドラゴンを逮捕に追い込んだ実績の持ち主である。
カールしたマゼンタの髪や赤いドレスといった、いかにも派手で華やかで、艶やかさも醸す様相。
そんな外見からは想像できないかもしれないが、サンドラは腕利きのドラゴンガードなのだ。初めて会った時は紆余曲折あって手合わせすることになったが、ルキアもそれを通じて『戦闘慣れしている』と感じたのをよく覚えていた。
「実はルキアさん、変身能力が制御できなくなっちゃったみたいで……それで今、わたしのところに相談に来たの」
「え、変身能力が? そんなことってある?」
サンドラは首を傾げた。
「あるから、今私はこんなふうになっちゃってんのよ……」
自らの尻尾の先端を掴んで、それを顔の横に持ってきながらルキアは応じた。
勝手に出てきて、消滅させることもできなくなった尻尾。シェアトの説明が嘘ではないという、何よりの証拠だった。
「あー、たしかに。それもそっか」
「さっきなんて、飛んでるあいだに翼が勝手に消えちゃって落っこちたし……」
落胆を隠そうともせず、ルキアは補足した。
なお、ここに来る時は翼を使おうとはせず、跳躍のみで屋上へと上がった。さっきは運よく木に激突しただけで済んだ。しかしまた同じように翼が消えて墜落しようものなら、今度は誰かを巻き込んだりする危険性があると判断したからだ。
そんなことは、決してあってはならない。故意ではなくとも人を傷つけてしまえば、原則違反と判断される可能性もある。
「ファイアドレイクのくせに墜落するだなんて、もう恥ずかしいったらありゃしないわ」
穴があれば入りたい思いだった。
「まあまあルッキィ、きっと元に戻す方法があるはずだよ。あたし達も協力するから、そう落ち込まないで。ね、シェイシェイ?」
「ええ、もちろん……」
シェアトは頷き、サンドラに同意した。
彼女達がいてくれてよかった、とルキアは思った。ふたりがいなければ、誰にも相談すらできなかったことだろう。
「あっ、でも……シル姉にはどう説明すればいいのかな。校内では人の姿でいなきゃならないし、今のルッキィを見られたら、さすがに『しょうがない』では済ませてくれないかも……」
それは、ルキアも同じように思い至った懸念点だった。
自身もまたドラゴンであり、学校のドラゴンガードを統括する役割を持つシルヴィアは、そういったルールに関してはとても厳格だった。非常時とはいえ、今のルキアの状態を例外的に処理してくれるとは考えづらい。
尻尾を隠し通すという方法も浮かんだが、ルキアは早々に断念した。
学校では教員のみならず、多数の生徒達の目もある。隠すのは現実的とは思えないし、そもそも方法がまったく思いつかなかった。
「だとしたら、もう正直にシルヴィア先生へ事情を説明するしか……」
シェアトが提案した。
たしかにそれが一番現実的だし、理にかなっているとルキアは感じた。
「いや、その必要はないよ」
その言葉を発したのはルキアでもサンドラでも、もちろんシェアトでもなかった。
ルキアは思わず顔を上げて、サンドラとシェアトは振り返った。
いつの間にそこにいたのか、話題に上っていたシルヴィアが立っていた。ドラゴンガードの『上司』とも称すべき立場にある彼女は、腕組みをしながらじっとルキア達を見つめていた。
「シ、シル姉!?」
組んでいた腕をほどき、シルヴィアはゆっくりと歩み寄ってくる。
「まったく、アンタ達三人でこんな場所に集まって、何を話しているのかと思えば……」
女性にしては低く、雄々しくて迫力を帯びた声だった。
ルキアは以前、授業を抜け出してサボっていた生徒がシルヴィアに見つかり、こっぴどく怒鳴られたことがあるとサンドラから聞いていた。シルヴィアと話していれば、その光景がまさに目に浮かぶようだった。
「ま、話は聞かせてもらったよ。ルキア、少しのあいだ休職しな。その状態じゃ、校内に入れるわけにはいかないからね」
「あ、やっぱりそうですよね……」
やはり、というべきシルヴィアの宣告だった。
シルヴィアがどこから話を聞いていたのかは分からない。しかし察するに、かなり最初のほうから聞き耳を立てられていたようだった。この場での会話は、どうやらほぼすべて聞かれていたのだとルキアは思う。
「休職の期間中、アンタはその症状を治す方法を見つけて治療すること」
休職を言い渡されたものの、ただの休暇ではなかった。シルヴィアは、ルキアの治療の猶予を与えてくれたのだ。
続いてシルヴィアは、
「サンドラ、シェアト。アンタ達は手が空いた時間を見て、ルキアに協力してやんな」
サンドラとシェアトの顔を、交互に見つめ、ルキアへの協力を命じた。
「分かりました」
「了解シル姉、任せて!」
ルキアの先輩ドラゴンガードにあたる彼女達は、頼もしく応じた。




