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うっかり最強暗殺者の生存戦略  作者: ヤマザキゴウ
うっかり最強暗殺者の業務日誌

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88/90

42.終血と、仕事

「ガハッ……ぐはっ……!?」


 喉の傷口を押さえながら、マグナス・クレイマンは大量の血を床へ吐き散らした。

 指の隙間から勢いよく噴き出る赤い出血をどうにか止めようと、必死に喉元を圧迫する。

 四つん這いになり、這うようにして立ち上がろうとするが、激痛と失血で膝が笑い、盛大によろめいて床に片手をついた。

 その度に、足元の上質な絨毯が鮮血に染まっていく。


「ぐ……っ! ル、ルイス……た、助けろ……! 頼む……ガハッ!!」


 顔面から急速に血の気が引き、土気色へと変わっていく。

 ついには支えを失い、マグナスは仰向けにドサリと倒れ込んだ。

 虚ろな瞳で天井を見つめたまま、喉の奥からヒューヒューと細く湿った喘鳴を繰り返す。


「……ぐ……し、死にたく……ない……。ああ、父上……酷すぎます……っ。だって、いつも兄上と僕を比べてばかり……ガハッ……!」


 うわ言のような言葉が、途切れ途切れにマグナスの口から漏れ出す。


 死の淵で吐き出されるその身勝手で惨めな妄執を、ルイスはただ静かに、無言で見下ろしていた。


 マグナスはさらに血を「ぶふっ!」と霧のように口から吹き出させながら、血塗られた両腕をゆっくりと天井へ伸ばし、幻覚を追うように言葉を紡ぐ。


「……あ、ああ……兄上、違う! 違うんです……っ! まさか、あんなことになるなんて……思いもしなかったんだ……! 違う……違うんだ、僕は……っ……」


 それが、彼の最期の言葉だった。


 虚空を彷徨っていた両腕から、すとんと力が抜け落ちる。


 荒かった呼吸が止まり、見開かれた瞳から残光が消え去った。


「……なんだか、この人も……可哀想な人だったのかなぁ……」


 ぽつりと、ルイスが溢した。


「でも。自分のために悪いことを平気でやるようになったら……それはもう、人間じゃないよね」


 寂しげに呟くと、ルイスはしゃがみ込み、見開かれたままのマグナスの瞼をそっと指先で閉じた。

 わずかな感傷を胸にそっと胸の前で手を組み、静かに鎮魂の祈りを捧げる。


 ――祈りを終えると、ルイスは即座に思考を切り替え、行動を開始した。


 窓辺に歩み寄ると、重厚なカーテンを外す。それでマグナスの遺体を手際よく包み込むと、部屋の隅の方へと滑らせて寄せた。


 続いて、窓を大きく押し開ける。


 夜風が吹き込む闇に向かって、ルイスは指を咥え、「ピューいぃぃぃ――っ!」と甲高い指笛を鳴らした。


 直後――。


 ――ヒュルルルルルルッ!!


 鋭い風切り音が、夜の静寂を切り裂いてルイスに向かって超高速で接近してきた。

 それをルイスは、凄まじい動体視力と集中力でパシッ! と素手で完璧にキャッチしてみせる。


 捕まえたのは、一本の木製の矢。

 その末端には、頑丈な細いロープがしっかりと結びつけられていた。

 ルイスはそのロープを掴んだまま扉へと駆け寄ると、頑丈なドアノブに固く固く縛り付ける。


 結び目を確認し、二度ほどグッグッと引っ張って強度を確かめた。


 窓の向こう、闇の奥に潜む誰かがロープの反対側を引き、ピンと一直線に張られる。


 すると――。


 シューーーーッ!! 


 ロープが震え軽快な滑空音が近づいてきた。


 暗闇の向こうから飛び出してきたのは――。


「きゃっハッハッハ! すごーい、はやーいっ!」


「おっとっと! 最初はミュイちゃんかぁ!」


 飛び込んできた小さな身体を、ルイスが優しく受け止めた。


 ロープに木製ハンガーを引っ掛け、ジップラインの要領で窓からダイブしてきたのは、エルフの幼女ミュイだった。


 続いて――。


「兄貴〜っ! 来ましたぜぇぇー!」


「やあ! アントニオ君も、悪いね~!」


 孤児たちのリーダー格であるアントニオも、慣れた手つきでハンガーを滑らせ、見事な突入を敢行してきた。


「俺たちも『第三勢力(ザ・サード・オーダー)』の一員ですからね! これくらい朝飯前っすよ!」


 目を輝かせて胸を張るアントニオ。


「あっはっは……」


 ルイスからは乾いた笑いしか出てこない。ロザーナに適当についたはずのハッタリ設定が、いつの間にか孤児たちの間でも完全に定着してしまっていた。


 さらに、窓から滑り込んできた直後、ゴロゴロと見事な受身をとったものの、勢い余って仰向けにゴテン! と床へひっくり返った少女が一人。


「あ、ココちゃん、大丈夫?」


「……目が、回った……」


 目がグルグルして動けないココにルイスが手を差し伸べ、ゆっくりと起こしてあげる。


 そこから先は、まさに怒涛のラッシュだった。


 次から次へとロープを滑り、窓から室内へ踊り込んでくる孤児たち。


「いよっと!」


「ほいっ!」


 気がつけば、部屋の中には総勢十五名にも及ぶ精鋭部隊が集結していた。


 もっとも、何の精鋭部隊かと言えば――。


「よ~し! 全員整列っ!」


「「「はいっ!!」」」


 ルイスの号令一発で、子供たちは軍隊顔負けの見事な動作で横一列にビシッと並んだ。


「では、アントニオ君! 我ら『ルイスのお掃除部隊』、信条その一っ!」


「はいっ! 信条その一! 俺たちはよく遊び、よく食べ、よく寝ます! お仕事は二の次三の次!!」


「よし! その通りだ! 仕事なんて遊びの延長だからね〜、素晴らしいぞ! さあフランク君、次はっ!?」


「はいっ! 俺たちは仕事を選びます! やりたくない仕事は、きっぱりと断ります!」


「そうだ! その通りだぞ~! 無理して嫌なことをやる必要なんてないからね! よし、ミュイちゃんも言えるかなぁ?」


「はーい! 私たちは……えーっと? あれ? なんだっけ……あ! がんばりますっ!」


「よ〜し、可愛いぞ! 百点満点だ!」


「ルイス、私も……私も言う……」


 隣でココがぴょんぴょんと跳ねながら、自分をアピールしてくる。


「え? まだ何かあったっけ……? まあいいや。ココちゃん!」


「……お仕事、頑張りますっ!」


「…………もしかして、可愛いって言われたかっただけ?」


「ミュイだけ、ずるい……」


 むくれるココの頭をルイスが撫でてやるという、極めて平和で微笑ましいやり取りが繰り広げられていた、その時。


「あ、あっ……!? うわあっ、これ……止まれ、ないぃぃっ!?」


 ワタワタとロープを滑り落ちてきて、そのまま盛大にドスン! と床へ尻もちをつく大人の女性が一人。


「あ、ローズマリーさん……。すみません、忘れてました……」


 ボサボサの髪を揺らしながら悶絶しているのは、暗殺者ギルドの誇る『掃除屋』ローズマリーだった。


「いててて……っ。ルイスさん、ひどいですぉ〜……! 私、身体を動かすのは本当に苦手なんですからねっ!」


 とんがり口で不満を露わにし、恨めしげな視線を向けてくるローズマリー。


「すみません、本当に……」


 苦笑しながら手を貸し、彼女を引っ張り起こす。


 そうして気を取り直したルイスは、パンッ! と部屋中に響く大きな拍手を打った。


「さて! お掃除の時間です! みんなでこのお屋敷をピカピカにしましょう!」


「「「おー――――っっ!!」」」


 血生臭い暗殺現場とは思えぬ元気いっぱいの歓声を上げ、孤児たちが一斉に拳を突き上げたのだった。

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