36.怒れる冒険者たち
帝都の冒険者ギルドのホールは、怒り狂う男たちの怒号と荒い息遣いで異様な熱気に包まれていた。
「ギルマス! なんとかならんのかよっ?! いくらなんでも無茶苦茶だ!!」
「そうだぜ! フィオナの嬢ちゃんたちが騎士殺しなんてやるわけねえだろ!!」
「それどころか明日には処刑だと?! ふざけるな! そんな横暴がまかり通るなら、俺たちだってこの街で冒険者なんてやってられねえぞ!!」
飛び交う陳情と怒号は、どれも極めて真っ当な憤りだった。
カウンターで頭を抱えていたギルドマスターのデイビッドは、苦渋に満ちた顔を上げた。
「俺だって悔しいさ……! 駆け出しだが、あいつらは真面目で気のいい連中だ。助けられるものなら、今すぐ飛んで行って助けてやりたいさ!」
「ならっ! なんとかしてくれよ! もしフィオナたちの首が広場に転がってみろ、俺たちは絶対に憲兵騎士団を許さねえぞ!」
「そうだ! お上が怖くて冒険者が務まるか! こうなったら暴動だろうが戦争だろうが、やってやるぜ!!」
爆発寸前の狂乱。
まるで革命前夜のような殺気立つ空気に、デイビッドはぎりりと奥歯を噛み締めた。絞り出すような声が、かろうじて口から漏れ出る。
「ああ……憲兵騎士団本部には、再捜査の嘆願書を出したさ。だが……」
またしてもデイビッドが言葉を濁し、俯く。
――ガツンッ!!
痺れを切らした巨漢の冒険者が、分厚い木製のテーブルを全力で殴りつけた。あまりの衝撃にジョッキが躍り、酒が飛び散る。
「『だが』も何もあるかよ!! あいつら、俺たちの言い分にハナから耳を貸そうともしねえんだろ!?」
「ああ、それどころか『これ以上騒ぐなら国家反逆罪で全員しょっぴく』だとよ! 脅してきやがったんだ!」
「クソが……舐めやがって……っ!」
先ほどまで、有志の冒険者たちが憲兵騎士団庁舎へ直接乗り込もうとしたのだ。しかし、重々しく閉ざされた大門の前で、長槍を構えた騎士たちと押し問答の末、追い返された。いくら濡れ衣だと声高に叫ぼうが、返ってくるのは冷ややかな「去れ」の二文字のみ。話など端から成立していなかったのだ。
「ギルマス……本当にこんな理不尽がまかり通っていいんですかい?」
激昂する人集りの中から、ひとりのベテラン冒険者が冷静さを保った低い声で切り出した。
「俺たち冒険者は、命がけで食糧や魔獣素材、ダンジョン資源をこの街に提供している。……その俺たちの不信を買って供給がストップしたら帝都がどうなるか、奴らだって分かっているはずでしょう」
「そうだ、その通りだぜ! 素材が入らなくなったら貴族のバカどもだって黙っちゃいねえ!」
賛同の声が広がろうとしたその時、デイビッドは堪り兼ねたように激しく立ち上がった。
勢い余って弾き飛ばされた椅子が、けたたましい音を立てて床に叩きつけられる。
「――そうなってからじゃ遅いんだよ!!」
鼓膜を揺らすギルマスの咆哮に、喧騒を極めていたホールが一瞬で静まり返った。
「経済がどうだの、貴族がどうだの言っている間に……フィオナたちは首を刎ねられて死んじまうんだぞっ!?」
静寂がホールを支配する。
誰もが息を飲み、ギルマスの血走った目を見つめていた。
やがて、一人の若手が消え入りそうな声で溢した。
「ギルマス……なんで……なんでこんなことになっちまったんだよ……。きな臭い街だとは思ってたけど、今まではここまで酷くなかったろ……?」
「そうだぜ。憲兵騎士団とも、なんだかんだでうまく折り合いをつけてやってきたはずだ……」
「……あの『騎士団長』が着任してからだ。あの男が来てから、全部狂い始めたんだ……」
ポツリと漏らされた言葉に、その場にいる誰もが否定できなかった。
すべての元凶。あのマグナス・クレイマンによる、暴挙とも呼べる統治。
着任早々、冒険者ギルドに対して「警護協力金」の名目で多額の寄付金を要求し、断られれば嫌がらせを繰り返した。
さらには、国境を越える指名手配犯の情報をギルドの資料から憲兵騎士団へ引き渡せと、あからさまな職権乱用を強要してきたのだ。
本来、冒険者ギルドとは市民や無頼漢たちの互助組織であり、国家権力から一線を画す「中立の聖域」として機能しなければならない。
だがマグナスは、その絶対的なルールすら踏みにじり、ギルドを自分の手下に組み込もうとしていた。
「……とにかく。何が何でもフィオナたちを助けねえと」
「ああ、あのマグナスって野郎の首根っこ引っ掴んででも吐かせればいいんだろ!? 俺はもう一回庁舎に行ってくる!」
「待て! ……俺に考えがある」
飛び出そうとした男を、デイビッドの声が止めた。
ギルマスは深く重いため息を吐き出すと、転がった椅子を拾い上げて腰掛けた。
その額からは、油のような冷や汗が滲み出ている。
デイビッドは血の気の失せた顔を上げ、集まった冒険者たちを鋭く見回した。
「……お前ら、今すぐ手持ちの金を掻き集めろ」
重く、低い声がホールに落ちる。
「そして……今から俺が話すことを、絶対にギルドの外へ漏らすな。いいか、命を賭けて口を割らないと約束できるか……!?」
仄暗い影を宿したデイビッドの瞳に応えるように、冒険者たちは言葉を失ったまま、固唾をのんで頷いた。




