34.地図にない寄る辺
野営地を訪れたリリィとロザーナは、この地のあまりの変貌ぶりに言葉を失い、無言で立ち尽くしていた。
「テキトーでいいよ〜、テキトーで! 疲れたら休憩してねー。お腹が空いたら何かテキトーに食べてー」
ルイスのどこまでもゆるい指示が響き渡る。
「はーい!」
「私、お菓子食べたーい!」
「僕はもうちょっと頑張る〜!」
秩序や規律など微塵も感じさせない自由さで、瓦礫撤去に汗を流す子もいれば、気まぐれに木陰で休み始める子もいる。それなのに、作業は驚くほどのペースで進んでいた。
「……なんていうか、もう。村ね」
リリィがポツリと呟いた。
「ええ……私も、まったく同じ感想です」
ロザーナも深く同意する。
焼け跡の瓦礫はほぼ片付き、敷地内には天幕だけでなく、木の匂いも新しい小屋が四つも立ち並んでいた。
「あ! リリィちゃん、ロザーナさーん!」
二人を見つけたルイスが、嬉しそうに駆け寄ってくる。
「ルイス、アンタ本格的にここに永住するつもりなわけ?」
リリィの呆れ顔に、ルイスは首をひねった。
「んー、どうだろ。色々と問題が解決したら、またリリィちゃんの宿に戻るかもしれないし……」
「あの小屋は、ルイスさん専用なのですか?」
ロザーナが指差した可憐な小屋には、子供の殴り書きで『ルイスの部屋』という看板が掲げられていた。
「あっはっはー、いやー、僕は断ったんですけどね。『会頭が執務室を持ってないと格好がつかない』って、みんなに押し切られちゃって」
「あらそう。なら、ウチに戻らなくてよさそうね。おめでとう、これでアンタも一国一城の主じゃない」
「リリィちゃん! なんか冷たくない!?」
半泣きになるルイスを余所に、ロザーナが少し頬を緩めて声をかけた。
「ルイスさん、よろしければ……中を少し拝見しても?」
この地でのルイスの暮らしに、純粋な興味が湧いたらしい。……いや、大きな声では言えないが、ルイスにささやかな乙女心を抱くロザーナとしては、単に彼のプライベートな空間を覗いてみたくなっただけなのだが……。
「どうぞどうぞ! いや〜、スレンダー先輩の見事な建築技術、とくとご覧あれ!」
ルイスは新築物件の案内人のように、ニコニコと二人を室内へ招き入れた。
ガチャリと木製の扉を開ける。
足を踏み入れた瞬間に目を引いたのは――壁一面を埋め尽くす光景だった。
「うん……予想通りだわ」
リリィの目が死んだ。
「こ、これは……凄まじいな……」
ロザーナは目を見開く。
「ね! 凄いでしょ?」
ルイスが無邪気に胸を張る。
壁には、まるで高級な武具店の展示のように、あらゆる刃物が整然と飾られていた。様々な形状のナイフ、短剣、ロングソード。果てはシミターや、人間の背丈ほどもあるツヴァイヘンダーまで並んでいる。
「これ……私の宿から、一体どうやって運んだのよ?」
リリィが極めて現実的な疑問を口にした。
「夜な夜な、牛車に載せて少しずつね」
指名手配犯の身でありながら、ルイスは闇夜に紛れ、リリィすら気づかないうちに自分のコレクションを夜逃げのように運搬していたらしい。
しかし、ロザーナの視線は別の場所で固まっていた。
「……ベッドが、ちょっと狭いですね。それに、壁もずいぶん薄そうですが……」
その言葉を聞いた瞬間、リリィの目がギロリと女騎士を射抜いた。
「それの、何が問題だって言うのよ? え? 言ってみなさいよ」
「い、いえっ! 決してそんな! 月夜の静かな湖畔の小屋で……成り行きと激情に駆られた二人があんなことやこんなことになるなど……決して考えてなどいませんっ!」
顔面を真っ赤に染め、早口で謎の弁明を捲し立てるロザーナ。きっと最近読んだロマンス小説の影響だろう……。
「そうそう、この机も凄くない? これも焼け落ちた邸宅から掘り出された物なんだけど、スレンダー先輩が新品みたいにリペアしてくれたんだ!」
ルイスが指差したのは、琥珀色に優しく光る立派なデスクだった。その上には、ルイス手で製本された日記帳がぽつんと置かれている。
「確かに……貴族が好みそうな素晴らしい逸品ですね」
ロザーナがしゃがみ込み、丁寧な手仕事を観察する。
「まあ、元々は貴族の持ち物だしね」
と、リリィは呟く。
「こんな感じで、結構上手くやれてるんだよね〜」
笑うルイスに、リリィがさらりと言い捨てた。
「なら、もうここに骨を埋めたらどう?」
「なんかヒドくないっ!?」
――そんな和やかなやり取りが繰り広げられていた頃――帝都の街中では。
「フィオナという女冒険者はどこにいる!?」
重厚な鎧を響かせ、第一騎士団が冒険者ギルドへとなだれ込み、威圧的な声を張り上げていた。




