32.不協和な捜査線
第一騎士団の精鋭たちが居並ぶ西門広場に、裂帛の怒号が響き渡った。
「この役立たずどもがっ! なぜルイスを見つけ出せんのだっ?!」
第一騎士団長マグナス・クレイマンは容赦なく部下の一人の胸元を突き飛ばした。
石畳に尻餅をついた騎士は、恐怖に顔をひきつらせながら必死に弁明する。
「……も、申し訳ありませんっ! その、ルイスという名は平民の間では実にありふれた名前のようでして……捜査線上に同名が何十人も浮上してしまい……」
「チッ! 『猟犬』どもから、人相書きの得意な者をこちらに貸し出せと要求した件はどうなった?!」
「それが……その……『局の人間は一兵たりとも貸し出せん』と、にべもなく断られまして……」
「クソが……! あの"飼い犬"どもめ、生意気なマネを……!」
マグナスは苛立ちを隠そうともせず、石畳へ唾を吐き捨てた。
それもそのはず、第一騎士団自らが発行したあのアマチュア以下――もはや幼子の落書きレベルの手配書では、どれほど聞き込みを重ねたところで正確な情報が集まるはずもなかったのだ。
広場に充満する騎士たちの凶悪な殺気と物々しい雰囲気に呑まれ、通りがかりの一般市民たちは関わり合いを避けるように、そそくさと広場から散っていってしまう。
そこへ、控えめに挙手をした若い団員が歩み寄ってきた。会計業務を兼任する男だ。
「団長……。いっそのこと、『懸賞金』をかけてみてはいかがでしょうか?」
「……なんだと?」
「その手配犯ルイスに関する決定的な手がかり、あるいは情報を差し出した者に、賞金を支払うのです。確か、そうした捜査のための特別予算があったはずです」
「……ほう。それは事実か?」
マグナスが冷たい目線で問うと、若い会計担当は大きく頷いた。
「はい! 確かに予算枠として存在します。……本来は、特別捜査局が優先的に申請して使う性質のものですが、名目上は我々第一騎士団にも使用権限があるはずです」
「……よし。ならばそれを使え! 帝都中のあらゆる宿屋、商会、果ては浮浪者どもにまで、その噂を撒き散らせ! ルイス本人……もしくは、あの特殊な『短矢を放てる武器』を所持している者の情報提供者には、即座に金貨十枚を支払うとな!」
「えっ、金貨十枚?! い、いえ……その、実際にどこまでの額が一度に承認されるかは、まだ手続きをしてみないと――」
「いいから四の五の言わずに手続きを進めろっ! 全街区へ伝聞を広めさせろ! すぐにだ、今すぐに動けぇっっ!!」
「ハ、ハッ!!」
命令を浴びた部下たちは、青ざめた顔で脱兎のごとく駆け出していった。
マグナスの焦燥と苛立ちは、すでに限界突破の領域に達していた。
先日の憲兵総監からの陰湿な嫌味に始まり、今日に至っては内務卿から『成果が出なければ地方への左遷も検討する』とまで暗に匂わされていたのだ。何としても、あの騎士殺しの犯人を引きずり出して見せなければ己の立場がない。
「……ルイス……。ふざけた真似をしてくれたものだ。私の至高の野望を邪魔した報い……この手で下してやるぞ……!」
マグナスは肩を小刻みに震わせ、凶悪な笑みを浮かべながら怨嗟の言葉を漏らすのだった。
――ちなみに。
マグナスが殺気を撒き散らしていたその広場から、ほんの目と鼻の先――西門のすぐ外側では。
「ブルルッ! な、なんか……いま急に凄まじい悪寒が……」
こじんまりとした木製の露店屋台の中で、ルイスが思わず身震いしていた。
「どうしたんすか? ルイスの兄貴、風邪でもひきましたか?」
隣で手拭いを頭に巻いていたアントニオが、不思議そうに首をかしげて尋ねてくる。
「んん〜? いやぁ、僕、生まれてこのかた『風邪』なんて一度もひいたことないんだよね〜」
「……マジっすか? ルイスの兄貴って、本当に僕らと同じ人間なんですか……?」
「え〜。ちょっと、失礼すぎない?! ……んー、まあ、ごくたまーに『なんか熱っぽいかなぁ~』って感じる時くらいはあるよ?」
「いや、それ絶対に普通の体調不良じゃないですからね……? あっ、すみません! いらっしゃいませー!」
「いらっしゃいませ~!」
通りかかった旅の行商人が、屋台から漂う香ばしいバターとハーブの匂いに誘われて足を止めたのを見逃さず、二人は完璧な営業スマイルを向けた。
行商人は興味深そうに屋台の中を覗き込む。
「ほう……。それは何を売っているのかね?」
「はいっ! 湖で獲れた新鮮なマスの香草焼きサンドイッチです!」
ルイスの爽やかな説明に続き、
「お一つにつき銅貨たったの一枚ですよっ!」
と、アントニオも威勢の良い声を張り上げた。
「ほう、美味そうだな。では一つ貰おうか」
「はいよー!」
息の合った二人の掛け声。
野営地に組み立てられた本格的な石窯で焼き上げた、外はパリッと中はフワフワの香ばしいパンに包丁でスリットを入れる。
そこへ、スキレットでバターと香草を惜しみなく使い、表面をカリッとソテーしたマスの大きな切り身を豪快に挟み込む。
仕上げに瑞々しい緑の葉で包み、熱々のまま行商人へと手渡した。
行商人は手渡されたサンドイッチを鼻先に運び、その芳醇な香りに目を細めると、大きな口を開けてガブリと噛みしめた。
「モグモグ……ん? ……えっ? 待って、なにこれ……っ!?」
ゴクリと一口目を飲み込んだ瞬間、行商人の目が飛び出んばかりに見開かれた。
「うまぁぁぁぁぁぁぁっ!! え、ちょっと待って、なにこれ、うまぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
秋風が心地よく吹き抜ける西門の傍らで、ルイスの気まぐれなサイドビジネスは、とんとん拍子に軌道に乗っていくのだった。




