31.グリーン・インフェルノ
帝都郊外の鬱蒼とした深い森の中。
「クソっ! なんでこんなに、ゴブリンが湧いてんだよっ!?」
「こりゃあ絶対におかしいぜ! 明らかに狂ったペースで繁殖してやがる!!」
「ああ、しかしまあ……ヤケに丸々と太って、動きがノロマなのが唯一の救いだがな……!」
中堅冒険者トリオの男たちは、ギルドから受けた薬草採集クエストの最中、突如として出現したゴブリンの大群に包囲されていた。
すでに何体もの醜悪な魔物を叩き斬り、刃は粘り気のある緑の返り血でべっとりと濡れている。
「だけどよぉ! いくらノロマだって、限度ってもんがあるだろっ!!」
リーダー格の男が直剣を大段に振り下ろし、迫り来るもう一体の首を豪快に両断した。
――実は、彼らが知る由もないことだが、この森の奥深くは、暗殺者ギルドの『掃除屋』ローズマリーが、連日連夜にわたって処理しきれない死体を密かに棄てにくる「極秘の死体遺棄現場」の目と鼻の先であった。
栄養満点の肉を日常的に与えられ続けたゴブリンたちは、空前の大繁殖を遂げ、同時にブクブクと肥え太っていたのである。
辟易とするような一進一退の不毛な攻防戦が繰り広げられていた、まさにその時だった。
「ぜんいーん! 構えっ! ……撃ぇっ!!」
木々の梢の向こうから、どこまでも爽やかで通り通った号令が響き渡った。
直後、彼らを囲んでいた周囲の深緑がガサガサと一斉に揺れ動き――
――シュン! シュン! シュン! シュン! シュン! シュンッ!!
連続して鋭く、規則正しい風切り音が森林にこだました。
「グギヤァア!?」
「グエッ……!?」
「ギャブフッ!?」
群れをなしていたゴブリンたちの一匹一匹の喉元や眉間へ、正確無比な角度で飛来した矢が次々と深々と突き刺さっていく。
悲鳴をあげ、緑の魔物たちはバタバタと丸太のように倒れ伏し、あっという間にその命を刈り取られていった。
静寂が、再び森を包み込む。
「……な、何が……起きたんだ……!?」
直剣を構えたまま呆然と立ち尽くすリーダーの男が呟いた。
すると、目の前の深い藪が分けられ、一人の青年がひょっこりと顔を出した。
「さあさあ! 皆さま、今実際にお試しいただいた通り、集団戦における『遠距離武器』の有用性はやはり素晴らしいものがあるのです!」
爽やかな笑顔を弾けさせて現れたのは、絶賛ガイド業務中の、ルイスであった。
「確かにねーっ! 狩場を多角的に囲んで一気に集中射撃を仕掛けたら、こんなに安全かつ簡単に討伐できちゃうのね~!」
ルイスのすぐ後ろの藪から、ザバッ! と豪快に姿を現したのは、見覚えのある女冒険者――フィオナだった。
「あれっ!? え、お前……フィオナじゃねーか?! 何してんだよ、こんな所でっ!?」
中堅冒険者の男は目を丸くし、同じ帝都の冒険者である彼女を指差した。
「何ってあなた! 森のプロ中のプロ、あのルイスさんに『山歩きの極意』をレクチャーしてもらっている最中よーん?」
フィオナは誇らしげに豊満な胸を張ってみせる。
すると、彼らの周囲の木陰や藪の中から、続々と人影が姿を現した。
「弓なんて生まれて初めて触ったけど……確かにこれ、ものすごく戦いやすいなぁ」
「これさえマスターすれば、今後の討伐依頼が劇的に楽になるぞ……!」
「うーん、こんな素晴らしい技術が帝都内じゃ厳重に禁止されているのか、本当にもったいないよなぁ」
フィオナの率いる『愉快な仲間たち』以外の、見覚えのある新米冒険者たちまでもが、手製の簡素な木製弓や小型クロスボウを手に、ザクザクと落ち葉を踏み鳴らしながら集まってきたのだ。
「あれっ?! え? お前も、あ……お前までいるのかっ?!」
中堅冒険者の男は、まるで白昼夢でも見ているかのように開いた口が塞がらない。
フィオナがずいっと前へ出ると、誇らしげに言い放った。
「そっ! みんなルイスさんの山歩き&狩猟ガイドの講習を受けているの! ルイスさんのおかげで、もう最近は稼げちゃって稼げちゃって……ムッフッフッフ……!」
溢れ出るニヤニヤ笑いを抑えきれず、現金な喜びを漏らすフィオナ。
当のルイスはというと、若手たちから一斉に熱い視線を浴びて、気恥ずかしそうに頬をかいた。
「いや〜、こんなの、田舎の山で狩りをやる人なら、みんな普通に知っている基本ですよ~」
「いやいやいや! ルイスさんの知識、マジでヤバいですって! 僕たち、こんな効率的な追い込み方なんて今まで聞いたこともなかったですよ!」
「そうですよ! このブーツに荒縄を巻きつけるだけで、踏み荒らす足音が消えるなんて……これ、マジで目からウロコなんですけど!?」
新米冒険者の若者たちが、口々にルイスの知識と指導力を絶賛する。
しかし、その人の良さそうな当の青年は、
「いやぁ、本当に……故郷じゃ至極普通のことだってぇ~!」
と、どこまでも恐縮しきりであった。
「あ、アンタ……一体、何者なんだ……っ!?」
中堅冒険者の男は、恐るべき気配遮断と軍隊並みの統率力を持つ謎の青年ルイスに対し、戦慄を覚えずにはいられなかった。
稼げない新米冒険者たちを、まるで洗練された精鋭部隊のように見事に率いて、自分たちが苦戦していた厄介極まりないゴブリンの群れを一瞬で壊滅させてしまったのだから。
すると、当のルイスは男の視線に気づくと、パッと無邪気な笑顔を向けた。
「あ、はじめまして! 僕、ルイスっていいます! 『山歩きのガイド』とか『お掃除部隊』なんかをやっていますので、何かお困りごとがあれば何でもご用命くださいね!」
なぜか、絶妙な手際で営業活動のセールストークを叩き込まれてしまった。
――しかも、衝撃はそれだけに留まらない。
「わーい! これが本物のゴブリンかぁ~?」
「えーっと、確か右耳が討伐の証なんだよね?」
「僕たちが狩ったヤツだけだよ〜。ひとの成果は、奪っちゃだめなんだってぇ」
「あっ、そうだった。なら、矢が刺さってるのだけだね?」
「うわ~、やっぱり近くで見ると……臭いっ! いや~ん、触りたくな〜い!」
藪の奥から、今度は小さな子供たちがナイフを手にゾロゾロと駆け出してきたのだ。
孤児たちが、慣れた手つきで転がるゴブリンの死骸から、ギルドの常設討伐証明である「耳」を手際よく削ぎ落としていく。
「お、おい……フィオナ、この子供たちは一体なんなんだ……?」
中堅冒険者の男が、引きつった顔でフィオナに小声で尋ねると、
「この子たちは、『ルイスのお掃除部隊』の精鋭たちよっ!!」
と、彼女は高らかに胸を張って宣言した。
中堅冒険者パーティーの三人組が、完全に呆気にとられて開いた口が塞がらないでいると――
「さーて! 今日の講習は、もう少し森の奥まで行ってみようか~!」
ルイスが先頭に立ち、まるでピクニックにでも向かうかのような軽快な足取りで、新米冒険者や子供たちの行列を引き連れて奥地へと向かい歩き始めた。
「ルイスお兄ちゃん! 今日こそ、ドラゴンって狩れる~?」
「ドラゴンは皮膚が硬くて危ないんだよー。ワイバーンならそこまで危なくないんだよ~」
孤児たちが、知識のアップデートを間違えたような物凄い会話を繰り広げている。
「はっはっはー! まあ、ワイバーンがいればいいけどねぇ。途中でオークくらいが出たら、みんなで力を合わせて挑戦してみるのも良い経験になるかもね~」
ルイスはそんな恐ろしい内容を朗らかに笑いながら口にしているが、そもそもオークなど、中堅冒険者が十数名がかりで命を賭して挑むレベルの強敵である。
それを見た中堅冒険者の男は、思わずゴクリと唾を飲み込むと――
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれーっ! 俺たちも……俺もついて行っていいかぁっ!?」
「あ、俺も頼む! 一緒に行かせてくれ!」
「俺も俺もー!!」
何故だか分からないが、この青年に従っていけば、とんでもなく凄まじい「何か」に立ち会えるのではないか――確かな予感と本能に突き動かされ、彼らは慌ててルイスたちの行列の後を追いかけるのだった。




