29.秋空と冒険者のひと息
渡る青空の下、湖畔の野営地には本日もどこまでも平和で長閑な空気が流れていた。
「へぇーっ! これ、思っていた以上に便利ですねーっ!」
バシャリと水しぶきを上げ、浅瀬に膝まで浸かりながら木製のクロスボウを構えているのは、女冒険者のフィオナだった。
彼女が引き金を引くたび、水面を貫いた矢が見事な精度でマスを射抜き、糸を手繰り寄せるたびに銀色の鱗が弾けて跳ねる。
「でしょう、でしょう! じっと竿を垂らしてアタリを待つ釣りより、狙いを定めて射ち捕る方が断然早いんですよ!」
浅瀬のふちに立ち、腕を組んで満面の笑みを浮かべるルイスが誇らしげに胸を張る。
そこへ、湖畔の森の陰からガサリと草むらを分けて大きな影が現れた。
「おーい! こっちも野ウサギが捕れたぞ! 今日のメシに追加しよう!」
声を張り上げたのは、冒険者パーティー『フィオナと愉快な仲間たち』の頼もしい大剣使い、フォーリーだった。
彼の手にもルイスから借り受けたクロスボウが握られており、狩りの成果にご満悦の様子である。
一方、野営地の中央に作られた簡易作業場では、別の冒険者が子供たちに囲まれていた。
「よーしよし! だいぶ形になってきたぞ。みんな、手際が良くて本当に器用だねぇ!」
瓦礫の底から掘り起こされ、バラバラに崩壊していた石造りの窯を、目にも留まらぬ手付きで再構築しているのはハーランドだ。
彼もまたフィオナの仲間の冒険者であり、補助職たる『クラフト』のスキルを所持する職人肌の青年であった。
「すごーい! おじちゃん、魔法みたい!」
「すごいねっ! これでパンが焼けるかなぁ〜!?」
作業を手伝う孤児たちは、大はしゃぎで石を運んだり漆喰をこねたりしているため、手も頬も真っ黒な煤と泥で汚れていたが、その瞳は希望にキラキラと輝いていた。
ルイスはふと見上げた。
秋にしては珍しく、抜けるような快晴と心地よい天候が続いている。
腹の虫が小さく鳴いたのを感じ、彼は湖のフィオナに向けて声を張り上げた。
「フィオナさん! そろそろお昼にしましょうか。食材も、もう十分ですよ!」
足元の木カゴには、水揚げされたばかりのマスが溢れんばかりに収まっている。
「そうねー! 思わず夢中になるくらい楽しいけど、さすがにお腹が空いちゃったわ!」
フィオナはバシャバシャと豪快に水飛沫を上げて岸へ上がると、クロスボウをルイスへと返却した。
こうして、この野営地特有の、賑やかでざっくばらんな昼食の準備が幕を開ける。
「ルイスお兄ちゃん! 僕ね、今日森の奥で珍しいキノコを採ってきたのぉ!」
小さな男の子が、ルイスの服の袖をグイグイと引っ張ってきた。
差し出された手のひらには、怪しく毒々しい赤紫色の斑点模様が浮かぶキノコが乗っている。
「おー! 凄いねぇ! よく見つけてきたね……。……でもね、このキノコは、特別な訓練を受けたお兄ちゃん(毒耐性持ち)しか食べられない魔法のキノコだから、僕が責任を持って引き取るね……?」
ルイスは冷や汗を流しながら、男の子の頭を撫でて怪しいキノコをそっと回収した。
すると今度は、反対側からアントニオが重そうな物体を抱えて駆け寄ってきた。
「ルイスの兄貴! 瓦礫の奥から、こんな物が出てきましたよ!」
「うぉっ! びっくりしたぁ……。焼死体かと思ったじゃんか……?!」
アントニオが誇らしげに掲げたのは、煤で真っ黒に汚れた大理石の裸婦像であった。
ルイスは安堵の溜息をつき、ひやひやしながら胸を撫で下ろす。
「ふぅ……うん、それもキレイに磨いて汚れを落とせば、骨董品屋に高く売れるかもしれないね……」
一連の微笑ましい(?)やり取りを横で見つめていたフィオナが、くすくすと鈴を転がすように笑った。
「ふふっ、ルイスさんって、本当に子供が好きなんですねぇ」
「え? いやぁ、そういうわけでもないのですが……」
気恥ずかしそうに頬をかくルイスに対し、フィオナは温かな眼差しを向けた。
「身寄りのない孤児たちに、自立して生きるための術や仕事を教えるなんて……本当に凄いことですよ。この帝都じゃあ、誰もが生きるのに必死で、見ず知らずの他人に手を差し伸べる心の余裕なんてありませんから……」
少しだけ寂しげに目を伏せ、ぽつりと呟くフィオナ。
「ま、まあ……そりゃあ僕だって、毎日必死に生きてはいますけれど……」
ルイスは言葉を濁した。
彼の場合、冗談抜きで『命懸けで必死』なのだ。
暗殺者ギルドの掟を破れば即座に抹殺対象となり、なおかつ現在は第一騎士団から全力で追われる身の上である……。
だが、ルイスは真剣な表情を浮かべると、言葉を続けた。
「でも、子供たちは違うじゃないですか。大人たちの都合で、幼い子にまでそんな理不尽な必死さを強いるなんて、絶対に間違っていますよ」
静かだが、折れぬ芯の通ったルイスの力強い言葉。
「……弱き者を護る、騎士のような精神、ですか?」
フィオナが問いかけると、ルイスは照れくさそうに首を横に振った。
「いやぁ、この子たちは弱くなんてないですよ! たまたま生まれや環境の、運が少しばかり悪かっただけです。僕が手を差し伸べたなんて、そんなおこがましいものじゃありませんよ」
「……ふふっ、ますます素敵ですっ!」
フィオナはパッと顔を輝かせ、屈託のない破顔を見せた。
あの日以来、冒険者パーティー『フィオナと愉快な仲間たち』は、依頼の合間を縫っては頻繁にこの湖畔の野営地へと足を運ぶようになっていた。
新米冒険者として殺伐とした街で気張る彼らにとって、ルイスや子供たちが紡ぎ出すこの牧歌的で温かな日常の営みは、かけがえのない安らぎの場となっていたのだ。
――ちなみに、ルイスが。
『なんだか個性的で面白いパーティー名ですね』と素朴な感想を口にした際、リーダーであるフィオナが『ハッハッハッハッ! でしょ!?』と大爆笑していたのに対し、男二人は恥ずかしそうに、深く俯いていた。
なんでも、彼らは遠く離れた辺境の村で共に育った幼馴染三人組であり、一旗揚げるために帝都へと上京して結成したパーティーなのだという。
昔から勝気でチャキチャキとした姐御肌のフィオナが、自然とリーダーに収まったのは当然の成り行きであったらしい。
そこへ、石窯の完成を見届けたフォーリーとハーランドが、並んで歩み寄ってきた。
「ルイスさん! さっき使わせてもらった、この『クロスボウ』だが……いくらかで譲ってもらうことはできないだろうか?」
大剣を背負い直しながら真剣な面持ちで尋ねてきたのは、フォーリーだった。
「うん、譲るのは全然構わないけれど……でも、それを帝都の街中に持ち込むことはできませんよ? 帝国法で遠距離武器は固く所持が制限されていますからね」
「あちゃぁ……やっぱりダメか。これさえあれば、ホーンラビットの討伐クエストや、低層ダンジョンの攻略も段違いに楽になるのになぁ……」
残念そうに大きくため息を吐いたのは、クラフト技能を持つハーランドだった。
すると、会話を聞いていたフィオナがパンッと手を叩いた。
「まあまあ、法律じゃ仕方ないわよ! それよりそれより、今日のメニューは何を作ってるの~!? ……うわぁぁぁ、すっごくいい匂いっ!!」
フィオナは孤児たちの女の子たちが大鍋で煮込み始めたポトフの元へ駆け寄り、身を乗り出して匂いを嗅ぎ、幸福感で悶絶していた。
まだ駆け出しの冒険者で日々の食費にも事欠く彼らにとって、こうして野営地で振る舞われる温かく滋味豊かな食事にありつけることは、何よりの救いであり幸福なのだ。
その様子を見たルイスは、優しく微笑みながら提案した。
「あの〜、もしよかったら……この事件現場の瓦礫撤去作業を手伝ってくれませんか? 正式なお仕事として報酬もお支払いしますし、毎日でもここで一緒にご飯を食べていってくれて構いませんよ?」
ルイスの言葉が終わるか終わらないかのうちに――
「本当にっ!?? やるやる! 絶対に手伝う!! 今日からここで働かせてちょうだいっ!!」
フィオナはピョンピョンと弾けるように飛び跳ね、全身で歓喜を爆発させるのだった。




