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うっかり最強暗殺者の生存戦略  作者: ヤマザキゴウ
うっかり最強暗殺者の業務日誌

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27.騎士たちの蛮行

 女騎士ロザーナ・ベルトランは、息を荒く乱しながら帝都の大通りをひたすら疾走していた。


 特別捜査局に通達された、緊急の指令――『ルイスなる人物の身柄を即座に確保せよ』。


 報せを受けた瞬間、彼女の脳裏に浮かんだのは、あの青年の顔だった。

 だが、まさかそんなはずはない。

 ルイスなど、この広大な帝都を探せば決して珍しい名前ではないのだ。単なる同名の偶然の一致であってほしいと、ロザーナは強く胸に祈っていた。


 その途中、通り沿いに掲げられた「ローズマリー診療所」の看板の下。停められていた豪奢な馬車の脇で、なんとも情けない声が聞こえてきた。


「たたた、痛ててて……! 腰が、腰が……」


「……旦那様。はしゃぎすぎるからでございます……」


 老紳士が、呆れ顔のメイドの肩に体重を預け、腰を押さえながら悲鳴混じりに診療所の扉をくぐっていくのが見えた。


 思わず足を止めたロザーナは、首をひねる。


「……怪我人のようだが、事件というわけではなさそうだな」


 呟くと、彼女はすぐさま首を振り、先を急いだ。今は誰かの腰痛に付き合っている場合ではないのだ。


 目指すは、ルイスが身を寄せる宿屋――「白百合亭」。


 荒い息をつきながら目的地へ到着し、勢いよく扉を押し開けたロザーナだったが、次の瞬間、その場に凍りついた。

 視界に飛び込んできたのは、あまりにも不快で異様な光景であった。


「おい、姉ちゃん! 頼んだ酒がまだ来ねぇぞ! 早く持ってきな!」


「あと肉だ肉!」


 金糸の刺繍が施された豪華な第一騎士団の正規制服に身を包みながら、その立ち振る舞いは路地裏のならず者以下。

 十人ほどの騎士たちが白百合亭の食堂を完全に占拠し、酒を呷り、料理を撒き散らし、下品な大声で笑いながらカードゲームに興じていたのだ。


 あまりの惨状に、ロザーナの正義感が激昂となって爆発した。


「貴様らッ!! これはどういうつもりだっ?! 騎士としての誇りも尊厳もない、その浅ましい振る舞いはっ?!」


 凛とした怒号が店内に響き渡る。


 すると、カードを弄んでいた一人の騎士が面倒くさそうに立ち上がり、床へツバを吐き捨てると、ロザーナへ向けて威圧的に歩み寄ってきた。


「これはこれは……特別捜査局の『メス犬』殿じゃねぇか。我ら高貴なる第一騎士団様に向かって『貴様』呼ばわりとは、ずいぶんと躾がなってねぇようだな……?」


 上から下へと蔑むような視線を送る騎士。しかし、ロザーナは一歩も引かず、鋭い眼差しで睨み返した。


「貴様らこそ、野良犬どころかゴブリンにも劣る酷さではないか……」


 テーブルの上には喰い散らかされた骨や皿の破片、床には溢れた酒の泥みとゴミが散乱している。


 そして厨房の奥からは、リリィが、殺気を孕んだ冷徹な瞳で騎士たちの背中を睨みつけていた。


 騎士の男は鼻で笑い、ニヤつきながら腕を組んだ。


「ケッ、ガタガタうるせぇんだよ。俺たちは正当な捜査の最中なのさ。この薄汚い宿が、手配犯を匿っているというタレコミが入ってな。こうして張り込みをしつつ、店内を検分してやっているわけだ」


「なん……だと……?」


 ロザーナは奥歯を噛み砕くほどに軋ませた。


 すると、目の前に立つ騎士が懐からガサリと一枚の紙を取り出し、ロザーナの目の前に突きつけた。


「ロザーナ・ベルトラン……お前についても、手配犯――ルイスと懇意にしているという情報をつかんでいるんだ。色々とたっぷりと話を聞く必要があるなぁ……?」


 掲げられた手配書の人相書き。

 それを凝視したロザーナは、深く眉間にシワを寄せた。


「…………このような人物、私は一切見覚えがないが?」


「はぁっ?!! しらばっくれるのも大概にしろよ! この人相書きの顔をよく見やがれ!!」


 男が怒声を張り上げるが、ロザーナは至って真面目な顔で首を横に振った。


「……確かに、私にはルイスという名の極めて親しい友人が存在する。しかし、これは全くの別人だ」


 一点の曇りもない、心の底からの本気でそう宣ったのだ。


「な、なんだとっ?!!」


 騎士の男は、予想外すぎる返答に顔を赤黒く歪ませた。


 その時、厨房の陰から――


「……ぷっ……くっ……」


 と、リリィが思わず吹き出した。


 ロザーナは手配書の紙面を細い指で指差し、懇切丁寧に解説を始めた。


「まず、私の知るルイスさんは、このような丸顔ではない。髪型もこれほどまでに鳥の巣のようなボサボサ頭ではないし、目もここまで線のように細くはないな」


 ――そう。ロザーナの指摘は完璧に正しかった。


 そこに描かれていたのは、人相書きと呼ぶのも憚られる、幼子のお絵描きと同レベルの悲惨な落書きだったのである。


 人相書きの作成とは、対象の特徴を的確に捉えて紙上に再現する、極めて専門的な特殊スキルである。ロザーナが所属する特別捜査局であれば、そうした技術に秀でた専門官が常駐しているのだが……今回の件から、彼女たちを完全にシャットアウトしたのが仇となった。

 第一騎士団には、絵心のある人間がただの一人も存在しなかったのである……。


 ロザーナの真面目な検証は止まらない。


「それに、年齢も違う。私の知るルイスさんは立派な大人の男性である。しかし、この下部に記された特徴には『十代前半から後半と思しき少年』と書いてあるではないか」


「……ん? え……? ホントに……違うのか……??」


 真顔で論理的に詰め寄られ、騎士の男も急速に自信を失い、おろおろと人相書きとロザーナの顔を見比べ始めた。


 これもまた、騎士団側のちょっとした認識のズレが引き起こした喜劇であった。

 第一騎士団長マグナスやその取り巻きの目には、ルイスの無邪気で無害そうな相貌が、実年齢よりも遥かに幼い少年のように映っていたのである。


「さすがに……これは、別人だと思うぞ?」


 ロザーナは心底から相手を気遣うような、心配そうな眼差しで男を見上げる。

 いくら横暴な振る舞いに腹が立っているとはいえ、同じ帝国の騎士として、このような無意味な徒労に骨を折らせるのは少々忍びないと感じてしまったのだ。


「ケッ……人違いかよっ! ちっ、時間の無駄だったな! おいお前ら、撤収だ! 引き上げるぞっ!」


 男の苛立たしい号令一発で、料理を散らかしていた第一騎士団の面々がゾロゾロと立ち上がった。


 すると厨房から、


「ちょっとアンタたちっ! 代金はちゃんと払いなさいよっ!」


 と、リリィの怒声が飛んだ。


「ほらよっ! これで足りるだろ!」


 騎士の男はポケットから掴み出した銅貨数枚を、投げつけるようにテーブルへジャラッと転がした。


 そして、酒の回ったフラフラとした足取りで、十数人の騎士たちは嵐のように戸口から去っていった。


 静まり返った店内に残されたのは、ロザーナとリリィの二人だけである。


 しばしの間、気まずい無言の時間が流れた。


 やがて、リリィが深々と心底疲れ切ったため息を吐き出す。


「……あのクソどもが。人の店で好き勝手に喰い散らかしやがって……!」


「……同じ帝国の騎士として、心より深く謝罪いたします。本当に、申し訳ない……」


 ロザーナは腰を折り、深く深く頭を下げた。


「アンタに謝られたってどうしようもないわよ。……ほら、なんなら片付けと掃除を手伝いなさい」


 リリィは力なく肩を落とし、提案した。


「はいっ! 喜んでお手伝いいたします!」


 ロザーナもまっすぐな瞳でそれを受け入れた。


 テーブルへ歩み寄ったリリィは、散らばる銅貨を拾い集め、ピキッと額に青筋を立てた。


「チッ……全然足りてないじゃない。決めたわ、今日からこの宿は『騎士団出入り禁止』にしてやる……」


 床の上のゴミを丁寧に拾い集めていたロザーナが、顔を上げて不安そうにリリィを見つめる。


「……え、あの……私も、出入り禁止になってしまうのでしょうか……?」


「ふんっ、アンタは別にいいわよ」


 あまりにも真面目すぎる女騎士に、リリィは呆れ交じりの声を漏らした。


「まあ……アイツらが救いようのない間抜けで助かったわ。でも、こうなると"あのバカ"、しばらく街には戻れそうもないわね」


 リリィがぽつりと呟いた、その時である。


「えっ?! あ、あの手配書に書かれていた『手配犯のルイス』って……本当に、あのルイスさんのことだったのですか?!?!」


 ロザーナが雷に打たれたかのように目を見開き、驚愕の叫びを上げた。


 リリィは手を止め、一切の感情を消失させた無表情で彼女を見つめると、


「……アンタ、本気で言ってたの……?」


 と、この世の終わりを見るかのような白けた声を漏らすのだった。


 ――その頃。湖畔の野営地では。


「ほら! ココちゃん、そっちに泳いで行ったよ!」


「あっ、来た……!」


 シュンっ! と甲高い弦音が響き、水面に向かって一本の矢が一直線に突き刺さった。


「やった! ほらココちゃん、見事に命中してるよ!」


 ルイスは浅瀬の冷たい水の中を、波ひとつ立てない幽鬼のような足取りでスルスルと歩み寄ると、矢の末端に結びつけられた丈夫な糸を手繰り寄せた。


 水面から引き揚げられた矢の先には、太陽の光を受けて虹色に輝く美しい鱗――立派な大マスが背中を貫かれ、 尾びれをユラユラと揺らしていた。


 あの焼け跡から回収された粗悪品の木製クロスボウは、ルイスの手による微調整を経て、こうして孤児たちの貴重な食糧採取の「猟具」として大活躍していた。

 焦を削り落とし、弦を張り直すことで、殺戮の兵器は孤児たちの命を繋ぐための道具へと見事な再誕を遂げたのだ。


 瓦礫の撤去作業に汗を流す年長組の子供たちも。


 木製ハンガーを使ったロープ滑りに歓声を上げる幼子たちも。


 竈門の周りで煮炊きを進める女の子たちも。


 誰もが思い思いに、この野営地での労働と生活を、まるで遊びの延長のように心から楽しんでいた。


 ――その時である。


 湖のほとりの木陰に、見慣れぬ三人組の影が立っていることにルイスは気づいた。


 そのうちの一人――可憐で凛とした若い女性が、手を振ってルイスへ向けて明るい声を張り上げた。


「あのー! すみませーん! それって〜、何をしてるんですかぁー?」


 ルイスは浅瀬に立ったまま、その三人組が纏う装備や雰囲気に目を奪われ、ドキンッ! と胸が跳ね上がるのを感じた。


 使い込まれて擦れ傷のついた頑丈な革鎧を纏う、威勢の良い若い女性。


 深みのある群青色に染め上げられた、神秘的なローブを羽織る知性的な青年。


 そして、背中に自分の身丈ほどもある巨大な大剣を背負った、岩のように厳つい大男。


 ルイスは、確信した。


 幼い頃から故郷の村で英雄譚を貪り読み、夢にまで見続けた存在――。


 あの三人組こそ、ルイスがずっと憧れ続けてきた本物の……


『冒険者』たちなのだと。

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