22.ルイスの日記
――ルイスの日記。
9月9日 晴れ
『今日は、孤児のみんなと焼け跡のお片付けをしました。なぜか、門番さんも一緒に手伝ってくれて本当に助かりました。
でも、瓦礫の下から焼け焦げた死体がまだ続々と出てきて、胃の中のものが逆流してオエッとなりました……』
「……相変わらず、ガキが書いたみたいな作文ね」
部屋の灯りの下、勝手に持ち出したノートのページを繰りながら、リリィは心底呆れたように吐き捨てた。しかし、文句を言いながらも視線は次のページへと滑っていく。
9月10日 くもり
『どうやら、孤児たちはこの焼け跡に寝泊まりすることにしたらしいです。門番さんが、行軍用の大きな天幕をいくつも提供してくれました。……故郷の深い山の中で、おじいちゃんと野営した時のことを思い出して、なんだか少し懐かしくなりました。それと、予想どおり湖には立派なマスがたくさん泳いでいました。いつものクロスボウで魚を射ち捕る技を披露したかったのですが、本物の騎士である門番さんがすぐ隣にいるので、ぐっと我慢してやめておきました』
読み進めたリリィは、ふっと顔を上げた。
「……まあ、賢明な判断だわ」
そうぽつりと呟く。
帝国ご禁制の暗殺兵器を、ガチガチの法の番人の目の前でぶっ放すほど、ルイスも完全なバカではなかったらしいと胸を撫で下ろした。
続けて、ページをめくる。
『ギルドのヴィクターさんに、僕の日記を試しに読んでもらった。すると「一つの客観的事象を記した後、それに対する論理的な思考と自身の感情を付け加えると、文章は劇的に洗練される」と懇切丁寧に教えていただいた。なので、今日からさっそくそれを試してみようと思う。……孤児たちは、本当によく働く。大人の指示などなくとも、まるでごっこ遊びの延長のように楽しそうに片付け作業に没頭しているのだ。思いつきのまま、周囲に流されるまま受動的に生きてきた僕とは大違いである……。どうやら彼らの純粋な生き様から、僕が見習うべき点は非常に多いようだ』
「……へ?」
ハッとリリィは顔を上げた。思わず日記帳の表紙を確認してしまう。
「おいおいおい、どうしたわけっ?! 急になんか、著者の人格が変わってないっ?!」
半ば困惑しながら、再び紙面に鋭い視線を落とした。
『火災現場からは、まだまだ日常で使用可能な道具類が多数発掘される。煤汚れを綺麗に洗い落とせば、大人数の調理にも耐えうる頑丈な大鍋や、欠けのない陶器の皿。さらには、表面が少し焦げたあの粗悪品のクロスボウまで……。クロスボウに関しては、少し調整すれば、湖の魚を捕獲する狩猟道具として十分に再利用できそうだ。意外にも、この惨劇の残骸は、孤児たちの今後の生活に必要な物品という大いなる恩恵をもたらしてくれている。……一歩ずつではあるが、彼らが己の足で真の自立に向かって歩み出す姿は、僕だけでなく、門番さんやリリィちゃんの心にも、何か深く響くものがあるようだ……』
「成長曲線が凄すぎないっ?! え? これ、本当にあの文章力壊滅的だったバカが書いてるのっ??!」
あまりの劇的な変化に、リリィの背中に冷や汗が流れる。
恐ろしい勢いで知性を開花させていく青年の記録に、読む手が止められなくなっていた。
『現場近くの深い森には、さらに多くの恵みが眠っていた。足元を少し探せば、食用になるキノコや滋味豊かな野草が容易に見つかる。年長組のひとりであるアントニオ君は、手製の仕掛けで素早い野ウサギを仕留めることに成功していた。それらの新鮮な食材は夕方、リリィちゃんとココちゃんが極上のポトフに料理してくれた。茜色の夕焼けが映り込む美しい湖面に、秋の爽やかな風が吹き抜ける中、みんなで肩を並べて笑い合いながら食べる温かい煮込み料理は、何物にも代えがたい格別な味がした……』
「ついには情緒あふれる情景描写まで加えやがったっ?!! はっ? なにコイツ、本当にあのルイスなのっ?! ゴーストライターでも雇ったわけ?!」
あまりの頭角の現しっぷりに、リリィの脳内はパニック状態である。
『暗殺ギルド酒場の早朝清掃担当は、ココちゃんに正式決定した。営業が終了する明け方、彼女ひとりでの作業となるが、マスターであるヴィクターさんからの評価はすこぶる上々だ。……ただ、たった一つを除いては……』
「あーあー……なるほどね。ルイス、アンタ鬼畜かっ?! だからギルマス、最近顔を合わせるたびに『他の子にチェンジはできないのかね……?』って切実な目で訴えてきたわけね……」
作業が終わり、静まり返った店内で至福の一服を嗜もうとするたび、あの純真無垢な幼女から「おじちゃん、煙草ダメ……」と漆黒の瞳で見つめられるのだ。天下の暗殺ギルドマスターといえども、精神的ダメージでタジタジになるのも当然であった。
日記はさらに続いていく。
『今日は全員で、瓦礫の中から掘り出したバスタブを磨き上げた。さすがは元貴族の豪華な邸宅というべきか、大小合わせて三つもの浴槽が発掘されたのだ。これで孤児たちも、毎日の清掃作業の後に温かい湯浴みができるようになる。なんと、暗殺者の同僚である……あのスレンダー・エッヂ先輩の表の本業は、腕利きの『大工』だという。近々、現場に足を運んで頑丈な木造の小屋を建ててくれるという頼もしい約束を取り付けた。いつも血生臭い笑みを浮かべた恐ろしい人だと思っていたが、どうやら僕の完全な偏見であり勘違いだったようだ』
「いや怖いわよっ! あんな危険人物を子供たちに近づけるんじゃないわよっ! あの生粋の精神異常者を!! ……っていうかえぇっ!? あの人、大工だったのっ?! 私、今の今まで知らなかったんだけどっ?!」
思わず、盛大に紙面へツッコミを入れずにはいられないリリィ。
あの人間を解体して前衛芸術のような悪趣味な死体のオブジェを作り上げる殺人鬼が、表では木材を組み上げる大工……?
支離滅裂で不条理極まりないが、「無から形あるものを創り出す者」という意味では、奇妙な共通点があるのかもしれない……と妙に納得しかけてしまう自分にも腹が立った。
そして、ページをめくったリリィの目が点になる。
『分かっている……分かってはいたんだ……。絶対にやってはいけないことだって……。でも、でも。僕は、僕は……どうしても、どうしても我慢することができなかったんだ……。ああ、神様、なんて、なんて僕は罪深い男なんだ……』
まるで、取り返しのつかない大罪を犯してしまったかのような、深い懺悔に満ちた重々しい一文。
「お、おいおい……急にどうしたわけ……? 一体、何があったっていうの……?」
不吉な予感にゴクリと唾を飲み込みながら、リリィは恐る恐る視線を下へと滑らせた。
『……リリィちゃんが買い出しで留守にしていた隙を狙い、彼女の部屋にこっそり忍び込んだ僕は、ついに見てしまったのだ。彼女の書架の奥深くにズラリと隠されるように並んでいた――禁断の桃色官能小説を……』
「オイいいいいいいいいっっっっ!??!! ルイスっっっ!! 殺すっ!! 今すぐ八つ裂きにして切り刻んでやるぅぅぅぅぅっっっっ!!!!!」
頭のテッペンから爆発するように顔を真っ赤に染め上げたリリィは、日記帳を叩きつけると殺意全開で自室の扉を蹴り開けた。
数秒後――。
深夜の静寂に包まれていた「白百合亭」から、この世の終わりかのような男の断末魔の悲鳴が、帝都の夜空へと響き渡った。




