21.本気の遊び
愚直に背筋を伸ばし、城門の門番を務めていたベン・ファルコーネの背後から、金属が重々しく擦れ合う音と、洗練された一人の足音が近づいてきた。
「よう……ベン・ファルコーネ。元・騎士団長ともあろうお方が、ずいぶんと惨めな落ちぶれようだな」
ねっとりとした侮蔑の意を隠そうともしない声に、ベンは緩やかに振り返った。
「これはこれは、マグナス・クレイマン卿……。こんな真っ昼間から、お散歩ですかな?」
「ああ、そのとおりだ。たった一人の議員すら満足に護衛できず、現場を追われた君の哀れな姿が見たくてね。こうしてわざわざ、足を運んで差し上げたのだよ」
端正な顔立ちを優越感で歪め、マグナスは笑みを浮かべた。だが、ベンは眉ひとつ動かさず、どこか投げやりなため息を吐く。
「そうですか……。なら、ちょうどいい。門番を私と交代してくれませんかね? 死ぬほど暇なんですよ……。こんなところで棒立ちしているくらいなら、家に帰って娘の相手をしている方がよほど有意義だ」
「フン……。そう言えば、今の門兵隊は君一人きりだったね?」
「ええ。使えない怠け者ばかりだったので、全員叩き出してやりましたよ」
「それは困るな、ファルコーネ君。帝都の要所たる門番は、昼夜を問わず常時立番を維持せねばならんのだ」
「は? 元々、ロクに立てていなかったでしょう。それに、今は私一人だけだと――」
「そんな現場の都合など私は知らんよ。不手際を犯した君の管理責任だろう? 交代要員が自力で見つかるまで、君が不眠不休で立ち続ければ済む話だ」
「はぁ~……これだからお坊ちゃん育ちの貴族様は。お言葉ですがね、私だって生身の人間なんですよ。飯も食えば眠気も差す。冗談にしてはきつすぎますな」
「不満があるなら、今すぐ騎士団を辞めたまえ。誰も止めはせんよ……」
言いたいことだけを吐き捨てると、クレイマン騎士爵は豪奢なマントを翻し、鼻で笑いながら街の奥へと歩み去っていった。
「……クソが。嫌がらせのためだけにわざわざ出張ってきたのかよ……」
ベンは一気に体の力が抜け、石畳の上にドカリと座り込んだ。
ベンは叩き上げ中の叩き上げだった。同期でありながら名門騎士爵家の出であるマグナスを差し置き、己の腕一本で近衛騎士へと抜擢された過去を持つ。四年間の厳しい奉仕を経て、ついには第一騎士団団長という最高峰の役職にまで上り詰めたのだ。
そして、先の失脚によってベンが追われた後、ぬけぬけとその座に収まったのが、あのマグナスだった。
「……本気で、転職でもするか……」
ぽつりと呟いてみるものの、四十を過ぎ、人生の大半を剣一筋で生きてきた男が、今さら他の生き方を手探りで模索できるとは到底思えなかった。
気が重く沈み込んでいた、その時である。
道の向こうから、何やら妙にリズム感のある、賑やかな唱和が聞こえてきた。
「お仕事が終わったら〜?」
「「「ごはーん!!!」」」
「僕たちがすることは〜?」
「「「お掃除ぃ〜!」」」
「疲れたら無理せず〜?」
「「「休む〜!!」」」
「悪い人は〜?」
「「「殺してもいい!!」」」
「ちょ、ちょっと待ったァァァ?!!」
通りかかった集団を目にしたベンは、思わず飛び起きて大声を張り上げた。
見覚えのありすぎる青年ルイスが、十数人の幼い子供たちを整列させて連ね、あからさまに過激で物騒な思想を唱和させていたからだ。
「ルイス君っ?! え? 君はいったいどこへ行く気なんだね、そんな幼い子供たちをゾロゾロと引き連れて……!」
なぜか彼らは、帝都を出て郊外へ向かおうとしている。
ルイス一人ならいつもの狩りかと思うところだが、子供たちの手にはバケツや雑巾が握られていた。
「あー、どうも! 門番さん! 実は僕たち、新しい清掃のお仕事をもらったんですよ。それで、あの湖のほとりにある現場へ向かうところなんです!」
「いや、さっぱり状況が理解できないんだが?! え? どういうことだい?!」
百戦錬磨の元団長が珍しくパニックに陥っていると、大通りの方から猛スピードで駆けてくる足音が響いた。
「あ! ファルコーネ団長! 申し訳ありません、実はこれには深い事情がありまして……!」
肩で息を切りながら追いついてきたのは、特別捜査局の女騎士ロザーナ・ベルトランであった。
かくかくしかじか――ロザーナから事の顛末を聞かされたベンは、深く頷いた。
「なるほど……。ルイス君! 君はなんと素晴らしい、慈愛に満ちた人格者なのだ! ……どれ、私も手伝うとしよう!」
「……え? あの、門番さん、お仕事は大丈夫なんですか?」
ベンの置かれている悲惨な境遇など知る由もないルイスは、目を丸くして驚愕した。だが、ベンは朗らかに笑い飛ばす。
「なぁに、元々うちの門兵どもは職務放棄が常態化していたのさ。今さら私が数時間現場を空けたところで、誰も困りはせんよ!」
そう宣言すると、ベンは自ら先頭に立ち、全員で連なって郊外の街道を歩き始めた。
その行進の最後尾を、そそくさと身を縮めてついていく暗殺者リリィの胸中はというと――
(なんでまた本物の騎士の仲間が増えていってんのよっ?!!)
と、今にも叫び出したいほどブチ切れそうになっていた。
万が一にも自分やルイスの正体が「暗殺者ギルドの人間」だと露呈したらどうなるか、彼女は生きた心地がしていなかった。
そうして小一時間ほど、子供たちの体力を考慮して三度の休憩を挟みながら、一行は目的地の事件現場へと到着した。
「わぁ……まっくろー!」
「ねー。すっごく大きなおウチだったのに、もったいないねー」
焼き払われたアジト跡地を見上げ、孤児たちは無邪気な感想を口にする。
一部の小さな子供たちは、焼け跡よりもこの敷地から見渡せるロケーションに夢中だった。
「すごーい! でっかい水たまり!」
「違うよー。これはミズウミっていうんだよ?」
キラキラと午後の陽光を反射して輝く湖面を、子供たちは興味深そうに眺めている。
すると突然、ルイスが腹の底から声を張り上げた。
「では戦友諸君、全員傾注っ!! 我らは栄誉ある『お掃除特別部隊』である! 中隊長アントニオ君! 我々の今回の極秘任務はなんだ?!」
「ハッ!! この無残な焼け跡を、跡形もなくキレイさっぱりお掃除することでありますっ!!」
「そうだ! そのとおり! ……では、ココ小隊長。君の重要な役割を言ってみろ?!」
「はいっ! 私はリリィ少佐と協力して、全軍の為に最高に美味しいお夕食を作りますですっ!」
「そうだ! そのとおりだ! ……では、ミュイ中将! 君の任務はなんだ?!」
名を呼ばれ、長い耳をピクピクと揺らしたエルフの幼女が、パチパチと瞬きをした。
「はいっ! 私は、えーっと……なんだっけ? ……あ、そうだ! 私は、みんなを『がんばれぇ』って、応援をしますぅ!」
「そうだっ! そのとおりだっ! ミュイ君……君の小さな肩に、この作戦の成否すべてがかかっているのだ……。最も過酷で重要なポジションを君に押し付けることになり、不甲斐ない指揮官である僕を許してほしい……。だが、僕たちには君の応援だけが頼りなんだー!!」
「ふぇぇ……がんばるー!」
なぜか悲壮感すら漂わせる軍師気取りのルイスの熱演に誘われ、孤児たちは洗練された精鋭部隊さながらに一糸乱れぬ士気を高めていく。
端から見れば、完全に出来の良すぎる「ごっこ遊び」である。
しかし、相変わらずルイスの芝居がかった迫真の演技力と、無駄にリアルな軍隊設定の解像度は圧倒的だった。何より、そこには本物の軍隊すら凌駕する圧倒的な統率力が完成していたのだ。
それを見つめる、本物の騎士――ロザーナとベン。
「なあ……ロザーナ……。あの子供たち、今の我々の騎士団よりよほど立派に『騎士』をやっていないか……?」
ベンが遠い目をして呟くと、ロザーナも苦い表情でうなだれた。
「……実は私も、まったく同じことを思っていたところです。ですがファルコーネ殿……それを口にしてしまったら、我々の存在理由がおしまいになりませんかね……?」
爽やかな風が吹き抜ける湖畔で、本物の騎士二人は、なんだか無性に切なく悲しい気持ちになってしまうのだった。




