17.ルイスの卑しい作戦
大通りを黄金色に染め上げる夕刻の雑踏。その片隅に佇むドルテオの屋台からは、香ばしいタレと脂が炭火に弾ける肉の匂いが立ち上っていた。
その熱波に揺れ、ルイスに刺すような鋭い視線を向けている少年がいた。
名をアントニオ。
まだ幼いが、その瞳には路地裏で生き抜いてきた者特有の鋭さと、年不相応な利発さが光っている。
「アンタが……ルイスって奴なのは分かった、で……?」
「う、うん……。君が、ココちゃんたちのリーダーさん……なのかな?」
ルイスは、まるで傷ついた野良猫に接するかのように、慎重に言葉を選んで問いかけた。少しでも刺激したり、怪しい動きを見せたりすれば、少年は一瞬で雑踏の闇へと姿を消してしまうだろう――そんな危うい気配を察していたからだ。
アントニオは眉間にシワを寄せ、警戒感を剥き出しにしたまま鼻を鳴らした。
「ふん……まあ、一応な。俺が一番歳上だから。そうしなきゃ……あいつらを食わせていけねぇんだよ」
「あのさ、その……君たちの仲間って、全部で何人くらいいるのかな?」
「それを知って、どうする気だ?」
ギロリ、とブラウンの瞳がルイスを射抜く。
その目には明らかな敵意と疑心暗鬼が宿っていた。ルイスは思わず気圧され、タジタジになりながらも言葉を紡ぐ。
「あ、いやっ! 決して変な意味じゃなくてさ! 僕に何か、力になれることがあるんじゃないかなぁって……」
「ハッ、そうやって優しい顔をして……! 俺たちをまとめて、また孤児院にでもぶち込んで、死ぬまで働かせるせる気だろ?! もう大人なんかに騙されるかよっ?!!」
悲痛なまでの拒絶を叩きつけるアントニオ。
しかし、その決死の叫びに対し、屋台店主からなんとも情けないツッコミが降ってきた。
「いやぁ……すでに串焼きを十本もタダで食わせてもらっておいて、よくそこまで言えたもんだな……」
呆れ顔で団扇を仰ぎながら口を挟んだのは、ドルテオだった。
そう、何を隠そう、ルイスとアントニオは現在……。
ガシガシガシ!
ムシャムシャムシャ!
と猛烈な勢いでドルテオ特製の串焼き肉を競うように頬張っている最中なのだ。
「やるねぇ、アントニオ君! だけど、僕の方が二本リードしてるよ!」
「ケッ! まだまだこれからだろ! 俺は絶対に負けないね!! ムシャムシャムシャムシャッ!!」
警戒心を解こうと食べ物で釣ったはずが、どういうわけか男の意地をかけた壮絶な大食い勝負へと発展してしまっていたのである。
――やがて、大通りが深い濃紺に染まり、街灯に火がともり始める頃。
「もう……もう食えねぇっ!!! お腹がいっぱいになると苦しくなるなんて、俺、生まれて初めて知ったぞっ?!!」
アントニオはまるで臨月の妊婦のようにポンポンに膨らんだ腹を抱え、石畳の上へ仰向けでひっくり返った。
生まれてこの方「満腹による苦しみ」など味わったことがなかった少年は、未知の快楽と苦痛の狭間で悶絶している。
「……ふ、ふふふっ。アントニオ君……僕の、僕の勝ちだね……げふっ!」
盛大なゲップを吐き出しながら、ルイスは千鳥足で立ち上がり、勝利のポーズをとった。
ちなみに、この時ルイスが平らげた串焼き肉の総数は、なんと驚愕の『百六十七本』。
この人外の数字が、のちに「帝国串焼き大食い最高新記録」として歴史に刻まれ、後世の挑戦者たちを絶望させ続ける永遠の金字塔になろうとは、今の彼は知る由もなかった。
苦しそうに呻きながらも、アントニオは必死の思いで体を起こし、膝をついた。
「参りましたっ……! オエッ……。お、俺は今日から、ルイス様を……兄貴として……ブオェ! ……お慕いいたしますっ! ブフッ!!」
胃袋の限界を超えた吐き気に襲われながらも、少年はルイスを真のリーダーとして認めたらしい。いかんせん、食い過ぎで台無し感が凄まじいのだが……。
ちなみにアントニオの記録は百十一本。少年としては異次元の健闘であり、実に熱い接戦であった。
「はは……歳上としての面目は保てたかな……ブオェ……」
ルイスは安堵のゲップを吐き、額の汗を拭った。
その時、ドルテオが計算帳を片手に、恐ろしい顔で近づいてきた。
「で……支払いはどうするんだ? 合計二百七十八本……まあ、端数はおまけしてやる二百七十本分でいいか。今、払えるのか?」
「……ツケで、お願いします……ゴハァ!!」
溢れ出しそうになる胃の内容物を必死で押し戻しながら、ルイスは震える声で答えた。
まあ、ギルドに預けてある金貨を引き出せば、一瞬で支払える金額ではある。
しかし、隣のアントニオは顔面を蒼白にさせながら、ルイスの服の裾を掴んできた。
「……ルイスの……兄貴……頼みたいことが……グハッ!!」
もはや言葉を発するだけで限界突破の吐き気が襲ってくる状態だ。
――この、微笑ましいとも間抜けとも断定できない光景を、少し離れた場所から冷ややかに見つめる二人の姿があった。
「……モグモグ……。アンタは、あーなっちゃあ、おしまいよ……モグモグ」
心底呆れ果てた表情で、一本の串焼きを上品に啄むリリィ。
その隣では――。
「モッ、モッ! ……これ、とっても美味しい……。まさに、至高のお肉ゥゥゥッ!」
小さな口いっぱいに肉を頬張りながら、年齢に不釣り合いな大人びた感嘆を漏らすココが、己の身の丈に合った小さな串肉を存分に堪能していたのだった。




