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うっかり最強暗殺者の生存戦略  作者: ヤマザキゴウ
うっかり最強暗殺者の業務日誌

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10.進路相談

 夜がすっかり更けた白百合亭の食堂。魔導灯の淡い光の下で、ルイスとリリィはテーブルを挟んで向かい合っていた。


「まず、お金を貯める。まあ、これは文句なしに最優先事項よね。筋は通ってるわ」


 リリィは指先で、ルイスが卓上へ広げた『やることリスト』の一行目をトントンと叩いた。


「で、でもさぁ……実際問題、いくらくらい必要なのかなぁ〜? 大貴族さまに養子縁組してもらうとなると……」


 ルイスの真の目的――それは、暗殺者ギルドを穏便かつ平和的に脱退し、憧れの冒険者になるという夢を叶えること。そのための作戦会議であった。


「そうねぇ……名門貴族となると、とにかく血統と格式を重んじるから厳しいわよ。他人の子を籍に入れるとなると、相当な大金を積んで名義を買うか、莫大な献金が必要になるわ。ざっと見積もって……金貨一万枚、あるいはそれ以上かしらね」


「い……いちまんっ!??!?」


 ルイスの目が飛び出さんばかりに見開かれた。もはや一地方都市の予算どころか、小国の国家予算にすら届きそうな途方もない金額だ。果てしなさすぎる道のりに頭がクラクラとしてくる。


「まあ……いまのアンタなら、案外稼げちゃうんじゃないの?」


 対するリリィは、他人事のようにさらりと言い放った。

 裏社会に鮮烈すぎるデビューを果たし、名実ともにその凶名を轟かせつつあるルイスだ。このまま愚直に高額な暗殺依頼をこなし続ければ、金貨一万枚という正気とは思えない金額ですら、いつかは届いてしまうかもしれない――それが、リリィの冷徹な見立てであった。


「でも、本当に一番難しいのは……こっちの方ね」


 リリィは紙の上の指を滑らせる。


 彼女の爪先がピタリと指し示したのは、二行目の文字だった。


『2.貴族と知り合う』


 そもそも、大貴族と呼ばれる特権階級と太いパイプを構築すること自体、市井の一市民にとっては金貨を稼ぐこと以上に不可能な話なのだ。


 以前、リリィから提示された唯一の打開策。


 ――貴族になる。そして暗殺者ギルドを『利用する側』の立場に回る。権力を使って裏社会のルールを都合よく書き換えさせ、穏便にギルドを脱退。晴れて貴族の肩書を持ったまま、自由な冒険者になる。


 これこそが、ルイスに残されたたった一つの生存戦略だったのだが――。


「リリィちゃん……誰か貴族の知り合いとか、コネってないの……?」


「あるわけないでしょ。私は場末で小さな宿屋を細々と営む、ただの可愛い小娘よ」


 ぷいっと横を向いて目を逸らすリリィ。


(……あと、凄腕の暗殺者、でもあるよね?)


 喉まで出かかったツッコミを、ルイスは必死で飲み込んだ。

 余計なことを口にして、今夜の晩酌用おつまみを抜きにされるのは御免だった。


「ハァ……。ギルドマスターのヴィクターさんに相談……は、やっぱりダメだよねぁ〜。暗殺者ギルドを抜けたいだなんて、口が裂けても言えないし……」


 ルイスは深々と重いため息をついた。ヴィクターは確かに物腰が柔らかく、面倒見の良い素晴らしい上司ではある。しかし同時に、ギルドの『鉄の掟』を厳格に守らせる恐怖の管理者でもあるのだ。脱退の相談などした瞬間、笑顔のまま処理されるのが目に見えている。


「あてがあるとすれば……アンタのお友達の、あの武器屋さんじゃない?」


「あー……ユーリーさんかぁ……!」


 ルイスの脳裏に、心優しき闇の武器商人――あの柔和で品のある笑顔を絶やさない老紳士の顔が浮かんだ。確かにあの男なら、貴族社会との繋がりくらい持っていそうだ。


「それに……これからも真面目に仕事をこなしていけば、どこかのタイミングで大物貴族に気に入られることだってあるかもしれないわよ?」


「へ? そんなこと、本当にあるの?」


「そりゃあそうよ。腕の立つ用心棒を欲しがっている特権階級なんて山ほどいるわ。それが『表に出せない汚れ仕事を片付けられる暗殺者』となれば、手元に置いて都合よく使いたがる奴なんてごまんといるでしょうね」


「あーっ、そういえば……!」


 ルイスが思い浮かべたのは、ユーリーに常に付き従っている、あの眼鏡をかけた無表情な専属メイド――マリアだ。

 彼女もまた暗殺者ギルドに籍を置きながら、長期の個人的な専属契約という形でユーリーの側近を務めているのだった。


「まあ……ジタバタしたって始まらないわよ」


 リリィはトントン、と再び紙の一行目を指で叩いた。


 そしてそのまま、指先をすーっと右側へと滑らせる。


「……でも、これだけはさっさと諦めなさい」


「ぐっ……!!!!」


 リリィの指が重く突き刺さっていたのは、やることリストの横に、汚い丸文字で小さく書き足されていた一文だった。


『※本を書いて売れっ子作家になってガッポガッポ稼ぐ!』


 ルイスは涙目になり、胸を押さえて悶絶した。


 突きつけられた己の圧倒的文才の無さは、いまだトラウマとして深く心に刻まれていたのだ。


 やがてリリィは「ふぅ」と小さく息を吐くと、トントンとエプロンを払って椅子から立ち上がった。


「そういえばアンタ、そろそろギルドに顔を出しなさいよ。ギルマスが、また頼みたい案件があるって言ってたわよ」


「え……っ!? も、もう!? ちょっと早くない!?」


 ルイスは露骨に引きつった顔をした。


 世の中の悪党を成敗すること自体には、そこまでの拒絶反応はない。……ないのだが、こうも短期間にポンポンポンポンと人の命を奪いに行くのは、さすがに精神的な負荷が大きすぎる。


「……これ」


 ルイスの葛藤をよそに、リリィは冷ややかな、氷のような眼差しで上から見下ろした。


 そして、リストの一行目を、トントンと力強く突いた。


 そこに書かれているのは――。


『1.お金を貯める』


 その逃げ場のない現実に直面し、ルイスの表情から一切の感情が消え去った。


「……あ、はい……行きます……」


 ぐうの音も出ず、小さくそう呟くしかなかった……。

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