4.枯れ葉の舞う道
「ふぇ〜、飲み過ぎたぁ~……」
陽光を浴びながら、ルイスは重い頭を揺らし大通りを歩いていた。すでに日は高く上り、街は賑わいを見せている。
昨夜は、遅くまで本について熱く語り合っていた……はずだった。
だが、酔いが深まるにつれて理性のタガが外れたロザーナが、ついに――。
『ルイスさん! リリィ殿! 次はいつ、ザ・サード・オーダーの活動があるのだっ!? 私も、正義の剣を振るうぞっ!!』
などと叫び出し、リリィ愛用のデッキブラシを食堂でぶんぶんと振り回し始めたのだ。
当然、店主のリリィは額に青筋を立てて大激怒。
『私の店で暴れるんじゃないわよ、このポンコツ酔っ払いがぁ! 叩き出すわよっ!!』
と、大立ち回りの末になんとか鎮圧されたのだった。
まあ、ルイスとしてはあの二人が打ち解けてくれるに越したことはないのだが……なんとも先の思いやられる一幕であった。
「……うう、頭が痛い……」
呻きながらしばらく歩くと、重厚な石造りの外郭門が見えてきた。
そこには、いつもの気さくな見張り番の男が、傍らに槍を立てかけて直立していた。
「お疲れ様でーす!」
ルイスが手を挙げて声をかけると、男は親しみやすい笑みを浮かべた。
「やあ、ルイス君。この前はキノコを大量にありがとうね! ……いや、頂いておいて実に言いづらいのだがね? いくつか、毒キノコも混ざっていたようで……妻が料理前に気づいたからよかったものの、ヒヤヒヤしたよ」
「あ、あー……! すみません……! 次から気をつけます……」
ペコリと深々と頭を下げるルイス。
「いやいや、いいんだよ。キノコの見分けなんて専門家でも難しいんだから。気にしないでくれ」
門番は朗らかにフォローしてくれたが、ルイスの脳裏には妙な納得が浮かんでいた。
(そっか……山育ちの人じゃないと、あのアカマダラタケは食べないのか……)
幼少期から、祖父によって長い年月をかけて毒キノコを少量ずつ摂取させられ、体に耐性を作らされていたルイス。それは「万が一山で遭難した際や、飢饉の時に食料の選択肢を増やすため」という、極めて苛烈な教育の一環だったのだ。
この発展した帝都において、そんな狂った生存スキルは不要なのだと、ルイスは今さらながら思い知らされた。
「……すみません、今度はちゃんと吟味します! ちなみにですね、今日は新鮮な魚でも獲ってこようと思ってるんですが、どこか良い釣り場をご存知ないですか?」
「魚かい? それなら、ここから少し離れた場所に大きな湖があってね……あ、いや。今はやめておいた方がいいな。あそこは現在、騎士団が規制線を張って大規模な捜査中なんだ」
「ん? 何かあったんですか?」
「火災だよ。元貴族の別荘の中で、ならず者どもが仲間割れを起こした挙句、凄惨な殺し合いに発展したらしい……」
「あそうなんですかじゃあそこはやめておきますね!」
ルイスは食い気味に、一息でまくし立てた。
……間違いない。それは、ルイスが文字通り「暴れ回った」あの事件現場である。
「そうだね。まあ、あちらの山の方へ向かえば綺麗な川が流れていてね。マスがよく釣れるらしいよ」
門番が親切に指をさして教えてくれる。
「分かりました! ありがとうございます!」
「うむ、気をつけてな。最近はあのあたりにも野盗が出るという報告がある。もし見かけたら、戦おうとせずにすぐ逃げるんだぞ」
「はい! 速攻で逃げます!」
ハキハキと元気よく答え、気さくに手を振り合ってルイスは門をくぐり抜けた。
しばらく歩き、見張り門が遠く小さくなってから、ルイスはふぅと息を吐いた。
「そっか……絶賛捜査中かぁ。じゃあ、湖はダメだな……」
あの夜、広大な湖面を見立てて「あそこならデカい魚がいそうだ」と目を深めていたのだが、あいにく今はロザーナたち――憲兵騎士団が押し寄せている真っ最中だ。近づくわけにはいかない。
「よし、山へ行ってみよう!」
数キロ先にそびえる、青々と茂った連峰を見上げた。今から急げば、日暮れまでには余裕で戻ってこられるはずだ。
ルイスは肩にかけた黒革のバッグを開け、チラリと中身を確認した。
そこには、ルイス愛用の漆黒の金属製クロスボウが、分解された状態で整然と収まっていた。
もはや顔馴染みとなったあの門番が、まさか今さら持ち物検査などしてこないという確信あっての所業だ。
そして、その奥から一巻の糸を取り出す。
リリィに頼んで少し融通してもらった、あの糸。
「よし……まあ、やってみるか!」
ルイスが企んでいるのは、ボウガンの矢の末端に糸を結びつけ、水中の魚を直接射貫いて手繰り寄せるという、極めて野蛮かつ効率的な水中射撃猟法だった。
じっと餌を垂らして魚がかかるのを待つくらいなら、見つけたそばから射抜いた方が一瞬で終わるのではないか、と思いついたのだ。
「リリィちゃんと、ヴィクターさんと、門番のおじさん……うーん。二十匹くらい獲れたら十分かな? ドルテオさんは……あそこはお肉屋さんだから、魚はいらないかなぁ……」
あごに手を当てて真剣に配分を悩んでいたが、ルイスはパンッと自分の頬を叩いた。
「まっ! 『悩むヒマがあったら即ヤレ!』って、爺ちゃんも言ってたしね!」
気持ちをサクッと切り替えるや否や、ルイスは風のごとき勢いで山道へと疾走を開始した。
ちなみに――道中の草むらには、獲物を狙う野盗たちが潜んでいたのだが……。
あまりの爆速で駆け抜けていくルイスの影すら捉えることができず、彼らはただ呆然と、巻き上がった枯葉の舞を見送るしかなかったという。




