3.晩餐
一階の食堂では、まるで野良犬のごとき勢いで料理を貪る二人の姿があった。
「本……っ!? ルイスさん、本をお書きになるのですか!? むしゃむしゃ……」
「もぐもぐ……ごくん! はい! なんだか、僕にも書けそうな気がしちゃいまして! あっはっは!」
「リリィ殿、パンのおかわりをいただけますか! むしゃむしゃ……で、一体どんな物語にするおつもりなのです? もしかして、甘い恋愛ものとか!?」
「いやぁ〜、それはちょっとハードルが高いかなぁ。流行りなのは知ってるんですけど、僕にはレベルが高すぎて……あ、リリィちゃん! ワインちょうだい! 一番高いやつで!」
厨房の中では、看板娘のリリィが般若のような顔で包丁を振るっていた。
(コイツら……食い過ぎなのよ毎晩毎晩っ……!)
額にぴきりと青筋を立てながら、容赦なく食材を叩き斬っていく。
「うわぁ、いいなぁ。ルイスさんの書く物語ですか。私、絶対に読んでみたいです!」
「ほ、本当ですか!? いやぁ、そんなに期待されると照れるなぁ。リリィちゃん! ロザーナさんにも、
この店で一番高いワインを!」
すっかり調子に乗ったルイスが声を張り上げる。
「でも、グルメものというのも素敵かもしれませんね。それこそ、この本のような!」
ロザーナは隣の椅子に置いた、お気に入りの『フォレスタ王国美食令嬢物語』を一瞥した。
「それねぇ、夜中に読むもんじゃないですよ〜。お腹が減りすぎて死ぬかと思いましたから……」
「それは大変失礼いたしました! ですが……」
「「それがいいっ!」」
二人はバシッと互いを指差し、見事にハモった。
「ギャッハッハッハ!」
「ウッフッフッフ!」
実に楽しげな読書家同士の晩餐。
――そこへ、冷水どころか液体窒素レベルに水を差したのは……。
ドン、ドンッ!
殺気立ったリリィが、禍々しいオーラを纏い、ボトルを二本、テーブルに叩きつけたのだ。
「はいどうぞ。当店で一番高価なボトルよ。……一本、金貨五枚になります」
「…………ぇ…………そんなに、するの……?」
ルイスの喉から、絞り出すような弱々しい声が漏れた。
「ウチのお酒は、ヴィクターさんのところから直接仕入れてるの。一級品ならいくらでもあるわよ?」
リリィの氷点下を下回る眼差しが、ルイスを射抜く。
「……あ、ルイスさん。全然割り勘でも構いませんよ……?」
見かねたロザーナがフォローを入れるが、リリィはギロリと女騎士を睨みつけ、再びルイスへ恐怖の笑みを向けた。
「払えるわよねぇ〜、"お兄ちゃん"? 最近、たんまり稼いでるみたいだし……?」
「……は、はい……」
ルイスは間抜けな顔で頷くしかなかった。ロザーナの前では、二人は『兄妹』という設定になっているのだ。
リリィはフンと鼻を鳴らすと、ツカツカと厨房へ戻っていった。
「本当に仲が良いのですね。……私は、家族とはあまり上手くいっていなくて」
ロザーナはどこか寂しげに呟くと、グラスにワインを注いだ。
「そういえば、ロザーナさん。騎士になるために家を飛び出してきたんでしたっけ」
「ええ。ですが……憧れていた騎士と、現実の騎士とでは、やはり違いすぎました。何が正義なのか、本物の騎士道とは何なのか……時折、分からなくなってしまうのです」
ポツリと独白し、ロザーナはワインを口に含んだ。薄い唇が、天井の魔導灯の光を妖しく反射させる。
「確かに……物語のようにはいきませんよねぇ……」
ルイスもチビリとワインを舐めた。
王国と間違えて帝国へ立ち入り、冒険者ギルドと間違えて暗殺者ギルドに足を踏み入れた男の同意には、尋常ではない深みがある。
「でも、ルイスさんが紡ぎ出す物語は、きっととても温かくて楽しい世界になりそうですね」
夢見る少女のような、可憐で柔らかい笑みを浮かべるロザーナ。
「……いっそ、ロザーナさんをヒロインのモデルにしちゃいましょうか?」
「やめてください! 恥ずかしすぎます……っ」
「いや、絶対にアリですよ! 普段は正義に燃える凛々しい女騎士! なのに夜になると、ステーキを実に美味しそうに頬張るというギャップ!」
「ますます恥ずかしいですってば! 本当にやめてください~!」
そんな微笑ましいやり取りを横目で見ていたリリィは――。
(イチャイチャしてんじゃないわよ……。もしウチの客室で、変なことおっ始めたら……殺す……!)
膨れ上がる殺意とともに、ダンッ! と豪快な音を立てて大根を真っ二つに叩き斬った。
「ふぅ……ですが本当に、このステーキは絶品ですね。貴族街の高級レストランでも、これほどの肉質には滅多にお目にかかれません」
「ですよねぇ〜。本当に美味しいです。リリィちゃ〜ん、これすっごく美味しいよー! 何のお肉なの? 猪か何か?」
ルイスが呑気に厨房へ声をかけると、リリィは振り返りもせず淡々と答えた。
「……それ、ドルテオさんから買い取ったオーク肉よ」
ビタリ、とルイスとロザーナの手が完全に止まった。
フォークに突き刺さった肉片から、濃厚なソースが一滴、皿の上にぽたりと落ちる。
――あの、大事件の夜。
死の恐怖を骨の髄まで味わった、あの厄介きわまりない、巨体の魔獣。
アレと、同じ、肉。
食堂に、冷ややかな沈黙が流れる。
「ま、ま、まあ! お肉はお肉ですしねっ!? 美味しければ何でもいいんですよ! あは、あははは……っ」
「そ、そそそ、そうですよね! 美味は美味! ただの良質なお肉です! ええ、そうですとも……!」
引きつった笑顔で頷き合う二人だが、どうしてもフォークを口へ運ぶ手が動かない。
すると厨房から、ドスの効いた声が低く響いた。
「……そんだけ追加注文しておいて、メインディッシュだけ残すなんて。まさか、そんな勿体ない真似……しないわよね?」
ルイスとロザーナは顔を見合わせ、引きつった表情のまま勢いよく頷いた。
二人は、不意打ちで精神的ダメージを受けつつも、命がけでオーク・ステーキを口の中へ放り込み続けるのだった。




